統一新羅時代に全羅南道・莞島に清海鎮を設置し、中国・日本との中継貿易を行って海上権を掌握した張保皐大使の偉業をたたえる記念碑が中国に建てられる。 特にこの記念碑は、当時張大使が建てたとされる旧法華院(新羅院)跡に建てられるうえ、中国の地における史上初のハングル碑文であるという点で関心を集めている。 またこの記念碑は、日本が帝国主義的発想で歴史までも歪曲したものを張大使の後裔たちが正したという点で意義深い。 中央大中国研究所の金成勲(キム・ソンフン)教授と国内海運業界関係者、莞島郡民代表など21人の使節団は、5月1日の張大使記念碑の除幕式を主催するため27日に中国へ出発した。 記念碑は、中国山東省威海地区の赤山村に重建された旧法華院の竣工式とともに除幕される。 この法華院は、中国の唐時代に張大使の貿易基地として新羅人が定着しながら建てた寺で、「新羅院」とも呼ばれた。ところが日本は、この寺は当時中国に渡った日本僧の円仁が建立したと歴史を捏造し、日本で後援金を出して1988年から旧寺跡で法華院の重建工事を進めた。 一方、中央大の金教授は1986年から1989年まで3回にわたり中国を訪れる中で、日本人によって張大使の海上活動の遺跡が歪曲して復元されることに憤慨し、これを正すため、ちょうど昨年8月に雪岳山で開かれた海運業最高経営者セミナーでこの事実を伝えた。 この日出席していた李孟基(イ・メンギ)船主協会長など海運業経営者らは金教授の力説に共感し、韓国海運業の根を取り戻し海運の重要性を見いだす契機になるとして、快く5000万ウォンの後援金を募って提供した。 これに伴い、今年2月に金教授と宋熙秊(ソン・ヒヨン)海運産業研究院長など国内の学者らが赤山村を訪れて中国当局者と交渉し、2日間の説得の末、この寺跡に張大使の碑文を建ててもよいという承諾を得た。 赤い大理石を削って造った高さ2mの石壇の上に、横130m縦90cmの大きさの白い大理石で建てられる記念碑には、前面にハングル、背面に漢文で「ここ赤山法華院はもともと張保皐大使が建立した。…日本僧の円仁一行はこの寺の客として長く滞在し、さまざまな便宜を受け、張大使の助けによってついに帰国することができた」と記されている。 この内容は、日本が自国の資金で重建し、もともと日本僧の円仁が建てたと記録したことを正面から否定するものだ。 また金教授は「法華院が張大使の偉業であることは間違いのない歴史的事実だ」と堂々と主張し、「後孫たちが途中で歪曲された歴史を正したことが感激的であり、今日のわが国力は張大使の全盛期のように伸び続けるだろう」と力を込めて語った。 〔金仁榮(キム・インヨン)記者〕 [写真]◇法華院の旧跡に日本人が建てた碑石。日本はこの碑石に、日本僧の円仁が法華院を建立したと主張している
1990-04-30 | 金仁榮
海上王・張保皐の記念碑、中国に建立
本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。






