◇物事を見通す目を養え 『敵軍を前にして、戦いを始める前に勝敗の兆候を知るにはどうすればよいのか』 周武王が太公望に問うた。 これは武王のみならず、誰もが知りたいところである。太公望は、 『まずその精神に表れます。将帥はこれを見極めるのです』と明快に答えた。 晋軍が斉国を攻撃すると、斉軍は黄河の平陰でこれを迎え撃つことにした。斉侯環は一戦を交えた後、巫山に登って晋の陣営を見下ろした。敵の動きを観察し、その動静を探り出すためであった。 よく見ると敵の陣営は二つに分かれており、土煙を上げてこちらへ向かって駆けてきていた。環が名将であれば、両方の土煙の違いに気づき、何かを察知したであろうが、残念ながらそうではなかった。恐るべき大軍だと考えた彼は、都へ逃げてしまった。晋軍の左列は本物の兵士であったが、右列は人夫が旗を持ち、薪を振り回して土煙だけを立てていたのである。 大将が逃げると、斉軍は夜に乗じて音も立てずに皆逃げてしまった。斉侯の判断ミス一つが斉軍をすべて逃走させたのである。 晋軍が平陰で奇策を用いたのは、斉が平陰という地点を選んで防御線を張った真意をよく読み取れたからである。平陰は山を背にしているとはいえ、決して険しい場所ではない。 本当に防御する決意があったなら、もっと険しい場所を選んだはずである。そこで斉軍は動揺しているのだと判断した。これが勝敗の兆候であった。案の定、斉軍は動揺していた。夜が明けた。 斉の陣営付近で鳴くカラスの声が、晋軍の陣地でもよく聞こえた。 『カラスの声が朗々と聞こえてきます。斉軍は逃げたのでしょう』 楽師曠が晋侯に言った。 『馬の鳴き声が次第に遠くなっています。斉軍は逃げたのでしょう』 邪伯が中行偃に言った。 『城の上にカラスが止まっています。斉軍が逃げたのは明らかでございます』 叔向が晋侯に言った。平陰に入ってみると、案の定、斉の兵士は一人もいなかった。楽師曠・邢伯・叔向の三人の動静に対する観察は極めて正確だったのである。 この平陰の戦いは晋の大勝利で終わり、斉の都・臨淄城は外城まで焼け、斉侯は『もう終わりだ』と落胆して郵棠まで逃げようとしたほどであった。 晋侯も斉侯もともに敵情を知ろうとしながら、その判断に大きな差があった。人の動きを見て、戦う前にその勝敗の兆候を知ることができるといっても、それを正確に見る目がなければ何の役にも立たない。 ■現代経営のポイント 企業においても洞察力と先見力は勝敗を左右する決定的な役割を果たす。とくに経営者の洞察力は企業の興亡と直接的な関連性がある。太公望の著書である六韜三略「龍韜」に出てくる表題の言葉は、経営者・管理者が味わうべき言葉である。
1990-05-31 | 鄭鉉祐
[古典と現代経営] 鄭鉉祐(チョン・ヒョヌ)(淑明女子大教育院教授) 洞察力は企業の興亡を左右
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