1990-05-31 | 陣丙源

国内コンピューター業界の現況、ソ連・東欧市場を開拓…昨年27億ドル輸出

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わが国にコンピューターが初めて導入されたのは、67年に経済企画院が人口統計のためにIBM1401という小型コンピューターを披露したことに始まる。 その後、コンピューターの普及は急速に拡大し、今では工場自動化・事務自動化はもちろん、家庭自動化にも欠かせない必須機器として定着している。 こうしたコンピューターの普及拡大は個人生活にも大きな影響を与え、パーソナルコンピューターの簡単な操作方法を知らない人は現代版の文盲扱いを受け、「コンピューター文盲」という新造語まで誕生させた。 わが国のPC普及台数は88年末時点で48万5000台に達すると推算されているが、これは84年に2000台、85年に6000台、86年に3万2000台にすぎなかったことと比べると、わが社会におけるコンピューター普及が幾何級数的に増えていることが分かる。 コンピューター普及の幾何級数的な拡大は自然と国内コンピューター産業の膨張につながり、国内コンピューター産業は80年代半ばから量・質の両面で飛躍的な成長を重ねてきた。 83年に周辺機器を含め2億700万ドルだった生産規模は、84年に4億3000万ドル、85年には5億2000万ドルへ増加した。 続いて86年には8億8000万ドル、87年に14億5000万ドル、そして88年には24億3000万ドル水準まで増え、ここ数年の間に国内コンピューター産業は年平均60%以上の高度成長を記録した。 部門別では、84年以前はミニ・マイクロ・個人用などコンピューター本体に比べ、ターミナル・モニターなど周辺機器の生産比重が高かったが、85年からは個人用コンピューターの生産が急増し、本体の比重が大きく高まっている。 国内コンピューター産業の成長に伴い、海外輸出も急激に増加する傾向を見せている。 83年に1億ドルを突破して以来、85年に3億9000万ドル、87年に11億4000万ドルを記録し、88年には18億6000万ドル、89年には再び27億7000万ドルへ増え、記録的な輸出伸長を示している。 コンピューター産業関連技術の蓄積により輸出品目も変わってきており、85年まで主力をなしていたターミナルの輸出は最近になって増加ペースが鈍化している一方、個人用コンピューターとモニターの輸出増加が際立っている。 コンピューター輸出を地域別に見ると、84年は米州地域が輸出の80.4%を占め、輸出の対米偏重が頂点を記録したが、その後米国の比重は減少し、88年には51%水準まで落ちた。 一方、欧州地域は35%近く輸出物量が増え、昨年末にヒュンダイ電子がソ連に初めて個人用コンピューターを輸出したことで、ソ連および東欧地域に対する市場開拓の動きも活発になっており、今後国内コンピューター業界の対外輸出市場は一層多角化する見通しである。 一方、このようにコンピューターに対する内外需要が拡大するにつれ、コンピューター市場に新たに参入する業者も急増している。80年に27社にすぎなかったコンピューターおよび周辺機器の生産業者は、83年以降の個人用コンピューター普及拡大により、84年には71社がコンピューターおよび周辺機器を生産するようになった。 しかし85年にはコンピューター産業の全般的な不況により、個人用コンピューターおよび周辺機器の生産業者が52社に減ったが、国家基幹電算網事業などの推進に支えられ、87年には77社、そして88年には84社がコンピューターおよび周辺機器の生産に参入している。 特に最近は韓国富士通と韓国デジタルがメインフレーム級大型コンピューターの国内販売を開始したことで、IBMが掌握している中・大型コンピューター市場の競争も熱を帯びるとみられる。 これとともに、情報通信業者として出発したポスデータもハードウエア産業への進出を宣言した。 しかし、わが国のコンピューター産業が短期間で急速な発展を成し遂げたのは事実だが、こうした急速な成長傾向を維持するためには国内業者が克服すべき課題も多いというのが業界専門家の一致した指摘である。 これまで国内コンピューター業者が急速な成長を成し遂げられた根底には、外国技術の導入および模倣、そして低賃金を基盤とした国際市場での低価格競争などが大きな役割を占めていたのが事実だ。 しかし、最近国際的に急速に広がっている技術保護主義と先進国の牽制は、国内コンピューター業者を危機に追い込んでいる。 国内コンピューター産業を牽引してきた個人用コンピューターにおいてさえ、オペレーティングシステム・中央処理装置など中核部門の技術開発は極めて不十分な状態である。 このように源泉技術が不足した状態で、技術導入などを通じた大量生産体制にのみ慣れてきた国内業者が、高機能・多用途化していくコンピューター産業の国際的な潮流に追いつけないのは当然のことである。 コンピューターの海外輸出増加が昨年から急激に鈍化しているのも、国内業者の技術開発軽視の風潮に直接的な原因を求めるべきだという指摘が多い。 専門家は、こうした危機状況を克服するためには、素材-部品-完成品へとつながるコンピューター産業構造が確立されなければならず、大量生産中心の企業体質も量産と技術開発が均衡を取る体制へ改善されるべきだと指摘している。 日本・台湾などがコンピューター産業の国際的潮流にうまく適応しているのも、素材と部品産業が量産体制を適切に支えているからだという。 源泉技術の立ち遅れは、コンピューター本体だけでなくモニター・プリンターなど周辺機器の分野でも深刻だとされている。また液晶表示装置・プラズマ表示装置などコンピューター関連ディスプレー分野でも外国技術に全面的に依存しており、これに対する自主技術開発も急がれている。 これとともに、国内コンピューター産業は個人用コンピューター分野に重みが偏りすぎており、ワークステーション・ラップトップなど世界のコンピューター市場で新たに台頭する概念に追随する上で構造的な問題点を抱えているという指摘も出ている。 一方、こうした国内コンピューター産業の脆弱性を克服するため、政府と業界は共同の努力を傾けている。 現在は個人用コンピューター水準にとどまっているコンピューター産業の構造を高度化するため、政府は94年までに総額100億ウォンを投資し、高性能ワークステーションを開発する一方、産学共同でスーパーミニ級コンピューターの独自モデルを開発する計画である。 現在、極度の不足現象を示しているコンピューター設計技術人材を供給するため、政府は生産技術研究院内にコンピューター設計センターを設立し、5年間で総計1500人の設計技術人材を供給することになる。 政府のこうしたコンピューター産業育成計画が成功裏に終われば、95年のコンピューター輸出は64億ドルに達し、わがコンピューター産業は第2の飛躍期を迎えることができると関係者は展望している。[陣丙源(チン・ビョンウォン)記者] [写真]◇国内コンピューター産業は最近、速いペースで発展している。