1990-10-31 | 李相文

<李相文の小説「燃える街」連載を終えて> 「家を一軒建てた後の寂しさが…」

本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。

毎回、一編の小説を書き終えると、虚脱感とともに寂しさが残る。そしてその虚脱感と寂しさの中に、家が一軒残される。この小説という名の家は、できたばかりなのに粗末でみすぼらしいことこの上ない。 自分なりに手を尽くし最善を尽くしたのに、いつもその程度なので、私は自分が書いた小説と自分の能力に対して不満が多い。 「燃える街」を終えると、そうした不満はさらに大きかった。正直に告白すれば、今回私は作家としての新しい能力を試してみようとした。割り当てられた紙面の特性を考慮した面も大きいが、この機会に、これまで私が書いてきた小説よりも興味深く味わいのある小説を書いてみたかったのである。 だから「燃える街」ほど苦労して小説を書いた記憶はなかったように思う。気楽に読める小説を書くことがどれほど難しいか、体験で悟ったわけである。 結局、小説を終えてみると、昨年末に作品を書き始めた時に抱いていた考えとは大きく変わってしまった。 それでも、分断の傷を抱えながら、父の教えの通りにひたすら誠実に生きようとする財閥グループのエリート社員ナ・ミンセは、私の意図に近く描かれたように思う。真っすぐに立てた刃の光のようにやせた顔のナ・ミンセが、読者の胸の中に長く残っていてくれればよいと思う。 この時代にオ・エリムに石を投げる人はいないだろう。善良で勉強もよくできた彼女が世間の人情にもまれながら、抜け目のない女に変わっていくが、真の愛(人生)を求めて蛾のように飛び立つ姿を描きながら、私はかなり胸が痛んだ。そのため私は彼女をより抜け目なく狡猾な女に描きたかったが、いつもためらった末に引き返してしまった。人間が生きるとは何か。基本である衣食住を解決するためにもがきながら人生を終える場合が大半ではなかったか。ならばオ・エリムの積極的な生き方も、あえて包み込めなければならないだろう。 しかし私はPark Chan-guとソ・ジュヒの前で数え切れぬほど絶望せざるを得なかった。Park Chan-guはもっとナ・ミンセとオ・エリムを苦しめなければならず、ソ・ジュヒはそれを技術的に支えなければならなかったのに、力が及ばなかったのである。 ともあれ小説はこうして終わった。オ・エリムの姿を完全に消せないまま、一人で寂しく雪の降る街を歩いているナ・ミンセの姿が目の前にちらつく。 小説を始める時に明らかにした通り、田舎出身の二人の青年が荒く複雑なソウルで生きていく姿を通して今日の世相を映し出してみせるという約束を、それこそ苦労して守ったように思う。 その間、読者の励ましと叱咤が大きな力になったのは事実である。とくに米国のロサンゼルスに住む女性同胞の一人が下さった手紙は、多くのことを考えさせてくれた。小説の内容と方向について一つ一つ指摘してくれた手紙を読んで、申し訳なく恥ずかしい思いのため何日も眠ることができなかった。 「不正な企業主」「醜悪な財閥」を描こうとしたのではなかったのに、旧態依然とした小説だ、女一人のことで騒ぎ立てるほどやることのない人間が財閥だと思うのか、などと電話で友情ある文句をつけてきた気の早い読者にも感謝を申し上げる。もう一つ、新聞連載小説史上初めて訂正内容を出させるほどの指摘をしてくださった読者にも、深く感謝を申し上げる。 本当に「燃える街」は、私に小説とは何か、小説をどう書くべきかを気づかせてくれた貴重な契機を作ってくれた。 すべての人に感謝するばかりである。 [写真]◇李相文(イ・サンムン)氏