マルチュッコリの原住民たちの運命的な喜悲劇を書きながら、本当に多く笑い、多く苦しみました。彼らが江北の執念深い人々に自らの土地を渡しながら経験したことは、まさに風刺喜劇の現場と言わざるを得なかったからです。 この小説を連載している間、証券波動の荒々しい風によって善良な小市民たちが多く傷つき、その痛切な経験はおそらく容易には癒えないでしょう。 江南という所は風もよく受ける所です。1965年までは마マルチュッコリと通称された永東は、川風がどれほど強かったのか、冬にはほとんどソウルの人々の往来がなかったといいます。夏になってようやくソウルの金のある旦那たちがトゥクソム前の清潭の渡しを越えてきて、酒の膳を整え、天然の川魚の辛味鍋を食べながら清潭アリランを歌い上げた所でもあったそうです。 マルチュッコリ側の人々は実に貧しく、ソウルのどの周辺部よりも暮らしの厳しい農民たちの土地であったといいます。しかし金玄玉(キム・ヒョンオク)市長の永東開発計画が発表された後、この地は最も興味深いドラマの現場となってしまいました。 不十分ながら「江南アリラン」第1部を終え、秋の旅行の切符を買おうと思います。読んでくださり、励ましてくださった皆さまに心より感謝申し上げます。
[写真]◇「江南アリラン」の作家・宋淑英(ソン・スクヨン)氏






