1991-04-30 | 鄭鉉祐

[古典と現代経営] 鄭鉉祐(淑明女子大教育院教授) リーダーは万事に堂々と対処せよ

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◇喜怒を顔に表さない-喜怒不形於色(三国志) 古来、中国の庶民世界はのどかなようであったが、指導層は恐ろしい競争社会であった。とくに権力をめぐる争いはこの上なく激烈で、互いに食らいつく激しい闘争の連続であった。そうした中で生き残るためには、できるだけ自分の本心を隠し、相手の心中を読み取らなければならない。 うかつに自分の本心を見せた日には相手の術中にはまり、それが災いの種となって失脚してしまう。それゆえ、彼ら自身も知らぬうちに喜怒不形於色の性格が形成されていったものと思われる。 ではそれがなぜ指導者の条件となったのか。言うまでもなく、指導者に求められる重要な資質の一つが冷静沈着な判断力だからである。 喜怒不形於色とは、できるだけ個人の感情を抑え、常に冷静な態度で対処せよという意味である。だからこそ指導者の条件となったのである。ここには少なくとも二つの大きな利点がある。 今から1000年ほど前、東晋の宰相に謝安という人物がいた。東晋は今日の南京である建康に都を置いた王朝だが、当時は北方の異民族の勢力が強く、東晋は常に軍事的な苦しみを受けていた。 謝安が宰相であったとき、東晋は北方の前秦という強国の攻撃を受けることになった。相手は100万の大軍で攻め込んでくるのに、東晋の軍勢はわずか数万人にすぎない。こうした事態を予想して備えはしていたが、戦力からみて勝算は全くなかった。建康の人々はうわさを聞くだけで仕事が手につかず、逃げ出すのに忙しかった。 ところが宰相の謝安だけは、このような非常事態の中でも泰然としていた。万般の指示と命令を下すと、彼は悠々と酒を飲んだ後、碁を打っていたのである。 この謝安にも明確な対案があったわけではない。ただ、自分が指導者であるからには、何事に遭っても動揺してはならないということを胸に刻んでいただけである。 ところがこの戦いで、東晋軍は思わぬ大勝を収めることになる。勝報はすぐに早馬によって宰相・謝安の官邸まで飛び込んできた。 謝安はこのときも客と平然と碁を打っていたが、報告書に一瞬目をやっただけで、何事もなかったかのように碁を打ち続けた。 「殿、それは何の手紙でございますか。いま受け取られた手紙のことです」と客が問うと、謝安は「なに、大したものではありません。わが兵どもが敵軍を打ち破ったとのことです。ただそれだけの内容の手紙です」と答えるだけであった。 ■現代経営のポイント 一人でいるときは感情を爆発させても構わない。夜通し踊ったところで誰が何と言おうか。しかし部下が見ている場所、他人が見ている場所では、常に平然と振る舞い、淡々とした態度で臨まなければならないのである。