1991-12-31 | 趙大衍

3500人余りの労働者が徹夜荷役、仁川港で滞船・滞貨克服に汗

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【仁川=崔彰桓記者】 氷点下10度を超える厳しい寒波の中、海風までが肌を刺すが、夜を忘れた仁川港の港湾労働者たちは汗にまみれて働く。港に山積みとなった貨物と、海をびっしり埋める滞船現象を克服するには、24時間働いても手に余るためだ。 輸出入物流量の激増が招いたもので、それだけ国力が伸びたという点では喜ばしくもあるが、これまで社会間接資本への投資がほとんど行われてこなかったことの反証の現場であるという点で、わが経済の現住所でもある。 しかし仁川港は労・使・政の3者が団結の汗によって滞船・滞貨の困難を切り抜けている。仁川海運港湾庁と港運労組・船社(荷役業者)など3者が、港の滞貨解消の道こそ「共存・共栄の基礎」であるとの認識を共有し、今年1年間、年中無休・24時間フル稼働で荷役能力の2倍近い物流量を処理したことで、他のすべての港が麻痺状態に陥っていた中でも仁川港は余裕を持つことができた。 30日、海運港湾庁によると、仁川港は1日24時間・年中無休の稼働を通じ、今年中に自体荷役能力2043万トンの173%にあたる3534万トンの輸出入貨物を処理した。 このようなフル稼働が可能だったのは、きつい・汚い・危険な仕事を嫌う3D現象が蔓延する中でも、3500人余りの港運労働者が自らを輸出入産業の先兵と自負し、年初から進んで夜間および休日作業に加わったためだ。 仁川港運労組の崔正範企画室長は「組合員たちが、輸出入の最終関門が詰まれば他産業に及ぶ悪影響が大きいという認識を共有し、一瞬でも港を遊ばせることはできないという覚悟で夜間および休日作業に3交代で参加した」と明らかにした。 港運労組が今年1年間で休んだ日は秋夕と旧正月のわずか2日で、この時も他の大部分の会社が業務をしていなかったためだ。 仁川海運港湾庁も毎日、埠頭課職員と船社・荷役業者関係者など4人で民間合同の非常対策班を編成し、夜間巡回を行いながら労働者と1年間、呼吸を共にした。 港湾庁は特に、港湾の滞貨解消には業者と労組の協力が絶対に必要とみて、荷役順序や荷役方法など運営に関する全般的な事項について業者と1日2回、労組側と1回協議し、港湾運営に参加させた。 その結果、各社の利益に敏感な荷役順序をめぐって起きていた業者の請託や投書もなくなるなど、業界も自社の利得だけを主張せず、効率的な港湾運営に加わった。 港湾庁関係者は「罰則制を導入し、1日の義務量2000トンを荷役できなかった船舶222隻を外港へ強制移動させたが、業者たちは素直に協力し、圧力や請託をしなかった」と明らかにした。 年の瀬を1日後に控えた30日未明、英国ロンドンから小麦5万5000トンを積んで来たSIRENA号で荷役作業をしていた港運労組員の崔勲さん(45)は「家族と暖かい夜を過ごしたい気持ちは山ほどある」としながらも「港湾拡張で滞貨が解消されるまでは、皆で力を合わせて一瞬でも多く働かねばならないのではないか」と語った。 港湾庁および労組関係者は、しかし相手方の労苦が大きかったとして、功を譲り合って一歩も引かない。 [写真]◇30日の明け方も夜を忘れて荷役作業に汗を流す仁川港湾の労働者たち。わが経済が揺らいでいる責任を他人に転嫁する風潮の中で、これら労働者はわが社会に小さなたいまつをともしている。【趙大衍記者】