生え抜きの財務官僚出身が全国の首長・地方長官の頂点に立つ内務長官に抜擢され、話題となっている。 今回の3・30内閣改造で最大の異変として話題を集めている李同浩(イ・ドンホ)新任内務長官がまさにその主人公である。 李知事の内務長官抜擢は、今回の総選挙で忠北が予想外に与党の苦戦地域であったという点に加え、官僚生活の第一歩を財務部で踏み出し、忠北知事に任命されるまで一貫して財務官僚として育ってきた人物であるという点から「意外な指名」と受け止められている。とりわけ新任の李長官は、今後の政権の行方を決する12月の大統領選を管理する長官であるという点で、「抜擢の意味」が格別に付与されている。 しかし、李長官を身近で見てきた財務官僚たちは、李長官の抜擢に驚きながらも「十分に内務長官を立派に務め上げる人物」と評価している。 新任の李内務の経歴をたどれば、その人並みならぬ資質が分かるという話である。 李長官は、現・李龍萬財務長官、朴鍾奭証券監督院長、韓灝鮮農協会長らとともに高麗大法学部出身の財務・金融人脈の中核で、過去1972年に課長級としては初めて、当時の書記官級に与えうる最高の栄誉である紅条勤政勲章を受章して話題を呼ぶほど、同期官僚の間で先頭を走ってきた。当時の受章理由は、複雑だった銀行不良債権整理政策である。その後、財務部証券保険局長時代に一時、庶政刷新に巻き込まれて解職、収監までされたが、訴訟を通じて無罪を証明して復職し、財務部次官まで上り詰めた立志伝的な人物である。 1990年9月には産業銀行総裁を務めていた。忠北知事に抜擢された際には「経済官僚が内務行政をこなせるのか」という懸念の目もあったが、赴任早々に甚大な水害に見舞われ民心が荒れていた忠北一帯の水害復旧を短期間で終えたばかりでなく、直後に続いた清州での全国体育大会まで完璧にやり遂げ、高位層の感嘆とともにその人並みならぬ能力を認められたとの評である。 したがって、李長官の内務長官への電撃抜擢は、こうした行政力と突破力が考慮されたものとの分析である。【李炳浣記者】
1992-03-31 | 李炳浣
財務官僚出身の「意外な起用」が話題
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