◇ジョセフ・ニーダム(Joseph Needham) ▲1900年英国生まれ ▲英国の生化学者、科学史家 ▲代表著書:「化学発生学」(1931)「中国の科学と文明」 ニーダムの「中国の科学と文明」は、中国の科学を理解しようとする著者の厳密な分析と総体的な解釈の産物であり、中国を学ぼうとする者であれば、科学を志す者だけでなく人文社会科学を志す者も必ず読むべき古典である。 彼の著書が持つ独創的な特徴は、膨大な本の体系と執筆過程の作業からうかがえる。この本は、中国の科学文明に影響を及ぼした中国の思想をはじめ、政治・経済の性格を綿密に分析した後、科学の各方面を説明している。全体が33の章と5巻で構成されており、各巻もまた少なくとも1冊、多ければ数冊に及ぶ膨大な分量の本である。韓国で翻訳されたのは第2巻までで、序文(第1巻)と中国思想に関する内容を収めている。(第3巻ー数学・地と天の科学、第4巻ー物理学・工学・技術、第5巻ー化学)本書評もまた、彼の膨大な著述計画のうち翻訳された1、2巻のみを対象としている。 ニーダムは1900年に英国で生まれたケンブリッジ大学の生化学者である。彼が中国の科学文明に関する膨大な著作を企画するようになったのは第2次世界大戦が起こる直前であり、直接的な契機は当時ケンブリッジ大学に博士学位を取得するために来ていた中国人生化学者たちと交流するようになってからである。彼は彼らから、中国文明が科学技術史上いまだ認められていないものの、幅広い役割を果たしているという事実について確信を持つに至った。以後、37歳の年齢で生まれて初めて中国語を学び始めた。しばしば彼の著作を皮肉って、「中国の科学と文明」はニーダムの単独著書ではなく、謝辞に登場する王鈴とともに書いた共著だと紹介する者がいる。 こうした皮肉は、事実上、中国人でない者が中国の文明を深く、そして包括的に扱っていることに対する疑念を起こすものだが、それほど妥当ではない。彼の著作の大部分は中国原文をもとに展開されており、王鈴がこの原文の約7~8割を翻訳したが、こうした翻訳はニーダムとの7年間にわたる討論作業をもとにしたものであったため、むしろニーダムの学問に対する誠実な努力の姿勢に賛辞を送るべきであろう。金容沃(キム・ヨンオク)氏は『ニーダムの英語の文章は単にオックスフォード辞典に出てくる単語の羅列ではなく、中国人を含めてこれまで誰も注目しなかった中国文明の埋もれてきた膨大な文献が表現している意味体系の英語的解釈の枠組みである』と評している。 ニーダムは、中国の科学文明を学ぼうとする者であれば少なくとも次の六つの条件を備えなければならないと序文で明らかにしている。第一に科学的知識と訓練を受けた人でなければならず、第二に西欧ヨーロッパの科学史に関する幅広い知識を持たなければならず、第三にヨーロッパの歴史全般に関する知識がなければならず、第四に実際に中国で生活しながら多くの経験的知識を持たなければならず、第五に中国の原典を読める中国語の実力がなければならず、第六に中国人科学者および一般の学者から指導を受けなければならないとした。彼がこの本を執筆しようとする意図が実現したのは、まさにこうした要素が備わる幸運を得たからであると告白している。 人類の歴史を縦に区分する作業を詳しく見ると、政治・経済・社会に影響を与える科学技術の発展と非常に密接な関連があることを発見することになる。石器・青銅器・鉄器などで区分される大きな歴史の流れもそうであり、奴隷労働に基礎を置いた古代社会、農奴と領主を中心とした封建社会、資本と労働による資本主義の技術進歩に支えられた産業社会、情報を中心とした後期産業社会などもその内面を深く覗いてみれば、やはり科学技術の発展に決定的な影響を受けている。科学技術の発達の影響をあまり受けていない中国をはじめとするTongyangの歴史が王朝によって時期区分されるのは決して偶然ではない。しかしニーダムの問題意識は、科学が人類の文明にどのような影響を与えてきたかではなく、どのような時代的背景と思想が科学に影響を与えてきたかという点にある。彼の問題提起は「15世紀まではヨーロッパを凌駕していた中国の科学が、なぜ16世紀以降はヨーロッパのように発展せず経験的水準にとどまり、原始的あるいは中世的な理論から抜け出せなかったのか」という問いである。すなわち、3世紀から13世紀にかけて中国の科学が卓越して発展できたのはいかにして可能であったのか、それにもかかわらずその後に中国の科学発展が抑制されたのはどのような因子のためなのか。 第2巻は、中国の社会思想を儒家・道家・法家・陰陽家などに分け、その特徴と社会的役割をヨーロッパの思想体系と比較して説明することで、この問題に答えている。彼が特に焦点を置くのは、支配的な社会思想の性格と、それによる社会的構成および道徳・慣習の形成が構成員の生をどのように規定したかという問題である。封建官僚体制を理想と考える儒家思想は理性主義的であり、宗教の迷信的な形式やいかなる超自然的な形態にも反対する。こうした理性中心の思考は科学を発展させられる土台を用意したものだが、人間中心の「事」に反する「物」に対するすべての探求を否定し、自然探求から顔を背けてひたすら人間社会にのみ関心を集中した。歴史的に儒家思想の理性主義は、神秘主義より科学の進歩に寄与したところがない。むしろ士農工商の身分秩序を維持強化することで、鍛冶職人やその他手工業技術に精通した者を卑しいものと見なし科学技術の発展を抑制し、ブルジョアが登場して体制に脅威を与える市民社会の形成を不可能にした。 ◇国内翻訳:乙酉文化社刊 書評:李起豪(イ・ギホ、延世大社会科学研究所研究員・政治学) [写真] ◇中国人が作った内臓解剖図。
1992-06-30 | 서울경제
[名著と10分間]『中国の科学と文明』J・ニーダム著
本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。






