1992-09-30 | 在

[劇場で]「オーロラのために」

本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。

『我々は北極のオーロラを見るためにここまで来た。実に遠い旅だった』 オーロラを求めてアラスカへ旅立った中年男性と若い女性が行方不明になる。その事故現場を追った友人が見つけたのは、男の遺体と彼の手帳だけだった。 「オーロラのために」(9月23~28日、文芸会館大劇場)は、この死者が残した最後の文章をたどり、彼の五十年の生涯を行き来する。一人の男が人生の終着駅と定めた北極のオーロラとは何なのか。 この男は70・80年代にワシントンで反独裁活動を展開した在米韓国人の呉有錫(オ・ユソク、鄭東煥)である。彼がオーロラを見に旅立ったのは、友人である私(金甲洙)から見れば、彼の心に差した影あるいは敗北感のためだ。祖国の民主化のために米国で20年余り尽力し、いざ戻ってきた韓国の地で彼が見たのは、素早く現実と妥協した同志たちの変節だった。「光州を記憶せよ」「拷問を中止せよ」と彼とともにホワイトハウス前で叫んだ同志たちは、一つの地位を得ようと血眼になっており、家庭を顧みず結局離婚されるまでに没頭した反政府運動は、ある日、歴史の裏話のように消え去ってしまっていた。 彼が守り続けてきた一筋の生の糸、中学時代のバイオリンの旋律として繰り返される初恋と故郷の思い出も、彼を救えない。花のようだった水利組合長の娘も中年の女となり、手ぶらで故郷に帰った彼の空虚さをより確かなものにするだけだ。 彼は死より恐ろしい孤独感を覚えながら、一人きりで転がる。「世の中を斜めに見るな」という私の言葉に、彼は「それは私の習慣だ」と答える。 彼は南北サッカー中継で騒がしい酒場で出会った一人の娘に、突然「オーロラを見に行こう」と言う。こうして二人は北極へ旅立ち、小型機が墜落したために誰も住まない氷の地に孤立したのである。 死を待つ二人のもとにトナカイが訪れる。自由に跳ね回るトナカイたちは、彼が失った故郷と自由の象徴のように見える。彼は生涯、故郷に象徴される人間らしさと、自由を抑圧する独裁者たちと戦い、勝つことはできなかったが、今、最後の瞬間に一人の人間が享受しうる美の絶頂を味わう。燦然たるオーロラが昇り、雪原ではトナカイたちが舞う。 彼が探し求めたオーロラは、人間がそれぞれ胸の奥深くに抱いている「思い出の光」なのかもしれない。 劇団神市のソウル演劇祭参加作品「オーロラ…」は、大きな舞台をうまく作り上げる金相烈氏が書き、演出した。ソウル五輪の開閉会式を共同演出した彼らしく、文芸会館大劇場を十分に生かし、デモ隊が登場する群衆場面、トナカイたちの群舞など見どころの多い舞台に仕上げた。主人公を演じた鄭東煥氏はテレビタレントとしての方が顔なじみだが、やはり演劇俳優が本業であることを示し、友人役の金甲洙氏は、緩やかでありながら落ち着いた進行で、ともすれば散漫になりかねない劇を引っ張っていった。 「オーロラ…」は、金相烈氏が友人であり実在の人物、そして今も生きている在米人権運動家をモデルに書いた作品である。金氏は、この演劇一本によって、彼のむごいものになりかねない最後の選択を阻みたかったと演出の言葉に記した。この劇が一人の男の挫折を観客に完全に共感させるにはやや物足りなく、また個人史に偏りすぎて時代的視野に欠けていたとすれば、それはこのように作家がこの劇に密着しすぎていた事情によるものだろう。【在】 [写真]劇団神市の「オーロラのために」