1992-09-30 | 淑

「92名舞展」の舞台、観客も熱狂

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先週日曜日の午後、世宗文化会館大講堂の客席は老若男女の入り交じりが目立ち、ところどころ外国人まで混じっていた。開演時刻が近づくと、祖父母世代のせき込む声が高まり、青少年の笑い声も大きくなった。『この場は、古い舞の歴史と流れを受け継いできた貴重な人々に出会う場所です。本日登場される七人の方々は、生涯を舞の場で生きてこられた生まれながらの舞い手です。』 国楽協会理事長・全璜氏の司会で「92 名舞展」の幕が上がった。洋楽の演奏時にオーケストラが位置する舞台前面に、国立唱劇団の韓相一氏が率いる伴奏団が座り、笛と杖鼓で拍子を取った。 最初の演目は河寶鏡翁(87)の「密陽太鼓舞」。舞台中央に構えて立った先生が両腕を上げると、後方に立つ金相容氏ら太鼓を担いだ演者たちが胸のすくような太鼓の拍子を打ち鳴らす。密陽太鼓舞は陰暦7月十五夜、田の草取りの終盤に村の働き手たちの体をほぐすための遊びの場で舞う踊りで、農民の健やかさと大地の力が響く拍子が特徴。気力が以前と同じではない先生は太鼓を担がず、ただ体で太鼓の響きを見せてくれた。 二番目の舞台は姜善泳氏(67)の「太平舞」の順番だったが、芸総会長を務める姜氏の事情により、その30年来の弟子・李賢子氏が代わって舞った。足袋のしなやかな運びと華やかな腕の動きが際立つ太平舞は、国の太平を祈って王と王妃が舞う踊り。観客は姜氏の美しい姿を見られず、名残惜しそうな表情だった。 続く舞台は金德明氏(68)の「梁山寺刹鶴舞」。八十代の老人たちの間では若者に見える彼は、円熟した壮年の舞で大きな拍手を受けた。鶴の遊ぶ姿を24の動作で巧みに表現する金氏は、朝鮮の士人たちの風趣を鶴を通じてさりげなく描き出した。 89年に亡くなった柳敬成氏の「倭将女舞」と、91年に喉頭がんで世を去った金淑子氏の「厄払いの舞」を映像で見た観客は、今年で舞楽生活70年を迎えた万年の舞童・金千興翁(84)の「春鶯囀」を楽しんだ。広い舞台の中央に敷かれた花ござの上をはみ出さず、まるで定規で測るように正確に緊張と均衡を保って踏み出す足運びと端正な腕の動きは、一生を舞と引き換えた金翁の人生をそのまま示すようだった。 『七十三歳から50を引いて見てください』という司会者の言葉どおり、安彩鳳さんの「小鼓舞」は、しとやかにふるまう花嫁のようにかわいらしく楽しかった。 今年八十七歳の李東安は、舞い手の意地とは何かを見せたこの日の公演のハイライトだった。支えられて舞台に立った李翁は数回腕を振っただけでそのまま引き下がってしまったが、伴奏を担ったサムルノリの拍子が速すぎたようだ。司会者の懇請で再び舞台に出てきた彼は、サムルノリの杖鼓の拍子が自身の興に合ってゆったりとなると「神刀大神舞」を心ゆくまで舞い、観客は合いの手で彼の輝く舞の場に拍手を送った。 この日の舞台の最後は、89年に世を去った韓英淑氏の厄払いの舞を、彼女が大切にした弟子・李愛珠氏が披露する場だった。息を引き取る瞬間まで厄払いの舞を必ず守るよう言い残したという師の意をかみしめるように、李氏の身振りの一つ一つが力を尽くしているように見えた。娘とともに舞台を見守った朴花道氏(66・中区新堂洞)は『わが舞をつかんで生涯を生きてきた人々の人生だけでも美しいのに、その人生が染み込んだ舞は言うまでもない。自然と興が湧く良い舞、良い人々だった』と語った。【淑】 [写真]◇「神刀大神舞」を舞う李東安翁。