社会人として初めの一歩を踏み出してから既に2年が過ぎ、3年目を迎える。今では街のクリスマスキャロルを聞いてようやく一年が暮れていくのを感じるほど、前だけを見て忙しく生活するサムスンの人間になったのである。 大学・大学院を卒業する際、自信と自負心に満ちあふれていた私が経験した社会生活は、楽で容易なものというよりは、当然ながら学校では経験できなかった困難に満ちていた。 しかしそのたびに同僚や先輩たちの励ましと指導があったからこそ、大きな支障もなく直面した難局に対処することができた。 社会生活を通じて得た重要な事実の一つは、世の中には一人でできることよりも、できないことの方が多いということである。 会社でなすべき仕事は学校で習得する知識とは全く異なるものであったにもかかわらず、すべてを一人で解決しようとしたため、他の人は私を助けられないと考えたため、少し助けを得れば容易に解決できたことまで一人で解決しようと多くの時間を費やして悩んだ。 今思えば笑いが出るほど幼稚なあの自尊心が、当時はなぜあれほど重要だったのか。そんな私を見た周囲の先輩社員たちは、多くのことを気づかせてくれた。 当時は薄情にしか聞こえなかった一言一言が、今では私を支える土台となっている。 誰かが言った。「人生は思い出づくり」だと。思い出はただ作られるものではないだろう。経験も思い出と同じであろう。 ただで得られるよりは、得ようと探し努力してこそ手に入るものだ。先輩社員や同僚は私が経験していないことを経験し、それを私に教えてくれるのだから、どれほど価値あることか。 これまで私は自分自身にばかり固執して生きてきた。自分だけが正しいと考えた。私が経験したことなどごく一部にすぎないのに、これまでの自らの社会生活を振り返りながら、私はこのことを悟っただけでも後悔のない生活だったと、あえて言いたい。
1993-01-31 | 서울경제
[女性社員随想] 経験づくり
本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。






