1993-01-31 | 서울경제

[古典と現代経営] 鄭鉉祐(チョン・ヒョンウ、淑明女子大教育院教授) 威厳があってこそ相手は感服する

本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。

奪其威廃其権也(六難三略・中略) (その威厳を奪われれば、その権限も廃されることになる) 人の上に立って働く者には徳がなければならない。徳がなければ部下は背を向けるだろう。また威厳がなければならない。威厳がなければ権力を失ってしまうと「三略」は説く。 後漢末ごろ、劉備は曹操に従って呂布を撃破したが、やがて曹操に背いて袁術・劉表の側についた。 そして劉表が死ぬと曹操が荊州の地を攻めたため、劉備は江南へ逃げた。曹操は劉備を追い、一昼夜で当陽の長板に至った。 曹操がそれほど速く追撃してきたため、肝をつぶした劉備は妻子を捨て、張飛に命じて20騎で後方を防がせた。張飛は長板橋を切り落とし、目を見開いて槍を横に構えた。 「張飛がここにいる。死にたい奴は出てこい!」敵軍は一人も出てこられなかった。こうして劉備を逃がすことができた。劉備は江南の地を平定すると、張飛を宜郡太守・征南将軍・新亭侯に封じた。その後、南郡太守に転任させた。 張飛は益州に入ると一戦して劉障を攻撃した。張飛は諸葛孔明らとともに揚子江をさかのぼり、各郡県を平定した。江州にまで至ったが、江州を守っていたのは劉障の将軍であり邑郡の太守である厳顔であった。張飛は猛攻を加えて厳顔の軍を撃破し、厳顔を捕らえた。 厳顔が引き出されると、張飛は激怒して怒鳴った。「わしが軍を率いて来たのに、なぜすぐに降伏せず抵抗したのか?」 「貴公が無道にもわが州を奪ったからだ。わが州には首を斬られる断頭将軍はいても、投降将軍はいない。」 厳顔は平然と答えた。張飛はさらに怒り、部下に命令した。 「引き出して首を斬れ。」 しかし厳顔は顔色一つ変えず、威厳をもって言った。 「首を斬るならさっさと斬れ。何を騒いでいるのか。」 張飛はその威厳に圧倒され、自ら縄を解いて賓客として礼遇した。 わずか20騎を率いて曹操の大軍を防いだ張飛までも感動させた厳顔の威厳は、大したものだったと評価すべきである。

■現代経営のポイント 「論語」には「威あれども猛なるなかれ」という言葉がある。猛とはむやみに暴力を振るい、脅すことを意味する。それは正しい意味での力ではない。 要するに、徳と威のバランス、愛と力のバランスを取っていくことが、正しいリーダーとなる道である。