大学1年に入って間もない頃、デモにより長期休校に入ったことがある。することがなくてぶらぶらしていたところ、新入生歓迎会の際に山岳会への加入を勧めた先輩の言葉を思い出し、山岳会の部室を訪ねた。これが私が山と山の友人たちと縁を結ぶきっかけとなった。 山岳会の活動をしながら私の性格は少しずつ明るい方へ変わっていった。あらゆる面でより積極的な性格になったのである。今でも山岳会の同期たちは『あいつが山岳会に入っていなかったら人間になっていたかね』と冗談を言うが、私には冗談としてだけは聞こえず、山岳会に入ったことを一生で最も良い選択だったと思っている。 何よりも我々の同期である姜泰聲(カン・テソン)・金在衡(キム・ジェヒョン)・孟亨烈(メン・ヒョンリョル)・申相完(シン・サンワン)・李燦琥(イ・チャンホ)、この友人たちと山で一本のロープを通じて互いに生命を託し合いながら築いた友情は、この世がなくなったとしても変わらないだろうということに微塵の疑いもない。我々は歯科大学に通った6年の間、ずっと一緒に行動した。当時は1年に何度もデモのために休校になったが、そのたびに装備をまとめて山に入り、ラジオで再び授業が始まるというニュースを聞くまで山から下りてこなかった。 山で長く過ごしているとたばこが切れて、吸って捨てた吸い殻を拾って吸い、それも尽きると吸い殻を集めてたばこの粉を作って吸った記憶がある。 我々ソウル歯科大学山岳会OBの活動もかなり活発な方である。毎月1回以上の山行を行っており、ほぼ全員が開業医という厳しい条件の中でも1年に1回以上は海外登攀も行っている。海外登攀は鄭寬喜(チョン・グァンヒ)先輩が会長で、朴東旭(パク・トンウク)先輩が総務を務めていた79年から始まったが、最初の海外登攀としてその年の春に日本の北アルプスへ行き、その年の秋にはエベレスト・トレッキングに行った。 エベレスト・トレッキングは家族同伴で行ったが、現地のいわゆる空港という場所が山中にあった。天候が少し悪いだけで飛行機が欠航になるため、我々が行った時も1週間以上飛行機が飛ばず、エベレスト方面へ行けずアンナプルナ地域のトレッキングで代えるしかなかった。しかしアンナプルナ地域も万年雪のある山々の姿が非常に美しい場所で、今も記憶に生々しく残っている。 我々はその翌年の90年に再びエベレスト・トレッキングに出発し、カトマンズ空港に3日目の「出勤」をしてようやくエベレスト方面へ向かう飛行機に乗ることができた。無事にタンボチェまで到着し、月夜にエベレストを眺めながら現地の地酒であるチャン酒を飲むことができた。 今年から私は李丙台(イ・ビョンデ)会長を支えてソウル歯科大学山岳会の総務の仕事をしている。前任の総務たちがあまりに立派に務めてきたため、生来まめでない私には手に余る。しかし山岳会の会員は互いに人を助けられないと気が済まない人々であり、どこかへ旅行に行く時には奥様方が競って食事をたくさん用意し、後輩たちに腹いっぱい食べさせたいと願う、そんな雰囲気の山岳会であるから、大きな困難もなくやっていけるだろうと思う。 [写真] ◇90年10月のエベレスト・トレッキングの際、ネパールのタンボチェで。左から4番目が筆者。右から朴東旭・孟亨烈・鄭寬喜氏。
1993-05-31 | 서울경제
[楽山楽友]ロープに友情をかけて
本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。






