1993-12-31 | 孫東榮

越北作家・李泰俊への全方位的接近

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尚虚・李泰俊(イ・テジュン、1904~?)が南側の文学史に一席を占めるようになってから、わずか5~6年しか経っていない。 大半の越北文人と同様、尚虚も北へ渡ったという理由で現代文学史から消え、80年代後半の政府の解禁措置以降になってようやく、彼を研究する若い学者が一人二人と現れた。92年12月にはこうした研究者が集まって尚虚文学会を結成し、最近「李泰俊文学研究」(キプンセム刊)を出した。 1年余りの作業を経て披露されたこの本は、李泰俊の生涯・文学観・作家意識を総合的に扱った最初の著作であり、意味が大きい。尚虚・李泰俊は1930年代の韓国文壇で純粋文学の旗手、美文家、韓国現代短編の完成者、大衆作家などと多様に呼ばれる。もちろんこれに加えて越北作家というレッテルまで付いて回る。88年7月の越北・拉北作家の作品に対する解禁措置以降、火がついた李泰俊研究は現在、相当な水準に達していると言われる。 李泰俊は30年代に「詩は芝溶、小説は尚虚」と言われるほどの評判を得た人物で、朴泰遠・李孝石らと九人会を結成して純粋文学運動を展開し、解放後は北へ渡り北朝鮮文学芸術総同盟副委員長を務めもした。解放を分岐点に前後の文学観や生き方が急変したため、彼に関する研究も多角的に進められている。 「李泰俊の文学史的位相」を書いた李炳烈(イ・ビョンヨル)氏(崇実大講師)は、李泰俊が『反映としての文学ではなく技巧としての文学に長けていた』と評価した。李泰俊の代表的著作「文章講話」をのぞいてみれば、彼がどれほど言語について深く考えてきたかを確認できるという。これまで尚虚文学を語る際、社会あるいは歴史に無関心で、作品の完成度や芸術性のみに重きを置いたというのが一般論だが、李氏は『技巧の中に隠れている現実認識の水準も評価してみるべきだ』と主張した。 「李泰俊文学研究」は全体が3部に分かれる。1部は李泰俊の生涯と文学をテーマとした4編の論文で構成された。富川専門大の閔忠煥(ミン・チュンファン)教授が李泰俊の生涯を年代記順に再現した。 2部は尚虚の短編小説を分析した。短編小説に現れた現実認識を探ったり、小説の構造と技法を分析したりした。また李泰俊の小説に登場する人物の性格を類型別に整理しながら、『幼い年で孤児となり経済的に窮乏していた尚虚自身の記憶が人物描写の各所に表れている』と指摘した。 3部は長編小説論である。「思想の月夜」「農土」など解放直後の作品や、「王子好童」「黄真伊」など30年代の純粋歴史小説などが分析対象だ。 一方、「李泰俊文学研究」を出したキプンセム(代表・朴賢淑)は、来年3月中に「不死鳥」などをまとめた4巻分量の全集第1次分を出す計画だ。【孫東榮記者】 [写真]「李泰俊文学研究」 [写真]尚虚・李泰俊