1995-07-31 | 朴淵雨

解放以後のわが映画を一望

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韓国映画の真の出発点といえる解放後の韓国映画の発達過程を、時代別の特性に沿って考察できる良い機会が韓国映像資料院(521-3147)で設けられる。韓国映画史の体系確立と良い映画を見る運動を推進している韓国映像資料院が光復50周年の一環として用意した「特選映画祭・光復50年、韓国映画50編」がそれである。資料院が保管・復元したフィルムのうち、1946年から1994年まで当該年度に製作された優秀映画を各1編ずつ50編選定し、8月2日から9月6日まで1日2編ずつ午後1時30分と4時に資料院の映写室で上映する。★表参照 解放後の韓国映画の発展過程は、時代的特性に合わせて大きく4つの時期に分けられる。まず解放後から50年代までを現代韓国映画の始まりとなる時期、60年代を韓国現代映画の中興期、70年代を映画外的な統制によって映画的創造力が減退した時期、そして80年代から現在までを韓国的映像美学の発展時期と設定する。 今回上映される映画は、解放の感激を濃く込めた現存最古の韓国映画である崔寅奎監督の「自由万歳」(46年)を皮切りに、現在デジタル復元作業中の尹大龍監督の無声映画「検事と女先生」(48年)、そして最近フランスで発掘され資料院の復元作業を通じて特別試写が行われたことのある尹龍奎監督の「心の故郷」(48年)など40年代の希少映画3編が披露される。 そして朝鮮戦争の空白期を経た50年代の映画としては、最初のキスシーンで社会的物議を起こした54年の韓亨模監督の「運命の手」と、イデオロギーとヒューマニティーの対決を写実的に描き韓国映画の新しいスタイルを形成した李康天監督、盧卿姫主演の「ピアゴル」(55年)、また韓国で初めてアジア映画祭で特別賞を受賞した李丙逸監督の「嫁入りの日」(56年)など9編である。韓国映画の黄金期と呼ばれる60年代は、60年から71年の間に製作された映画が実に1981編で、年間200編を超える製作本数を見せた。69年は韓国映画史上最大の229編が製作された。国際映画祭にも積極的に出品したが、特にアジア映画祭では多くの成果を上げた。 姜大振監督の「朴書房」と「馬夫」は、急激な社会変化の渦に巻き込まれた庶民の生活を叙情的に描く卓越さがうかがえる作品である。兪賢穆監督の「誤発弾」を含む60年代前半の映画が「韓国的リアリズム映画」の可能性を示したとすれば、申星一・厳鶯蘭主演の「裸足の青春」はいわゆる「青春映画」ブームを呼び起こす。この時代の代表作12編が上映される。 70年代は維新体制下で祖国近代化を前面に掲げた分、映画検閲が厳しかったが、映像時代の青年文化が花開いた時代でもあり、74年の李長鎬監督の「星たちの故郷」、75年の金鎬善監督の「冬の女」、79年の河吉鍾監督の「ビョンテとヨンジャ」など11編の映画を上映する。 80年代の映画としては82年の裵昶浩監督の「コバン村の人々」、84年の「鯨とり」、85年の李斗鏞監督の「桑」など10編、90年代の映画5編としては、国民映画と呼ばれ100万人という興行記録を立てた93年の林權澤監督の「西便制」と、94年の大鐘賞映画祭で最優秀作品賞を受賞した李正國監督の「二人の女の物語」が上映される。 ◇映画「心の故郷」(上)・「誤発弾」の一場面。