1995-07-31 | 南文鉉

「三豊事故」後、他業務に手もつけられず

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趙淳(チョ・スン)市長(62)がソウル市長に就任してから31日でちょうど1カ月を迎える。 6・27地方選挙を通じて民選市長となった趙市長は現在、市民から市政運営をめぐり期待と懸念を同時に背負っている。 就任2日前の6月29日、三豊百貨店崩壊事故という予想外の事態に直面し、事故現場で崔秉烈(チェ・ビョンニョル)前市長から業務の引き継ぎを受けた同市長は、この1カ月を事実上、三豊事態のなかに埋もれて過ごしたといっても過言ではない。 この過程で60歳という年齢も忘れ、昼夜を問わず事故現場に詰めて事故処理の隊員を励まし、犠牲者と遺族を一人一人訪ねて慰労と謝罪を繰り返した。こうした情熱は白髪の老市長に対する市民の愛情と信頼を築く契機となったのはもちろん、市政運営への期待を抱かせることにもつながった。 しかし市政運営に関しては、その構図と方向性がいまだ十分に定まっていないとの指摘も出ている。 趙市長はソウル大教授、中央銀行総裁、経済副首相など華麗な経歴を持つが、事実上、市政については自ら「市長に当選して初めて市庁を訪れた」と明らかにした通り門外漢の状態であり、1100万市民の首長としての位置づけを確立するうえで、まだ明確な実体を示せていないというのだ。 まず三豊事故に伴う行方不明者の集計が食い違うなど、危機管理能力に疑問を生じさせた。趙市長はまた、区庁の中核実務者である副区庁長の人事をいまなお先送りしており、現場の重要な民願行政に支障が生じている。 最近、都市計画局の業務報告を受けた席では、2011年完成を目標とする市の都市基本計画について「見かけだけ立派な内容で展示行政的な要素が多い」と批判し、「市民のためのソフトウエア的な部分を重点に全面的に再検討せよ」と指示、波紋を投げかけた。この部分については市職員の間で賛否が対立するなか、「学者的な視角から抜け出せていない見解」との一部指摘も出ている。 また地下鉄の労使問題についても、労組側が8月4日から遵法闘争に入ることを決めるなど破局に向かっているにもかかわらず、明確な解決策を示せておらず、候補時代に労組側との積極的な交渉姿勢を表明していたのとは対照的だ。