1995-08-31 | 李喆洙

私のスケッチブック ぜいたくと気取りでしか生きられぬのか…

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▲1954年ソウル生まれ▲1981年に初の個人展、ほか数回の個人展▲「鳥にも重さがあります」「山桜の花が咲いたのに…」などを出版 他の人々は荘厳な山河大地を描いたり、尊く美しく意味深いものを作って人々の前に見せるようだが、10年を同じ場所で過ごし、せいぜい市場や田畑のあたりを行き来してきたため、「見聞は浅く器量は小さくなって、傍らに見え、聞こえるものだけを描き刻むようになりました。その果てに、いまは食卓に上った汁物やキムチ、干し煮干しまで絵に描くこともあります。 ある日はこうしてカボチャのチヂミを描いたりもしましたが、おそらく美術史でピンデトクを描いた人はこれ以上いないでしょう。自分としては、小さなものをただ小さく見て小さく描く仕事も仕事は仕事だと考えました。こうしているうちに人間まで小さくなってしまうのではないかとも思いますが、西山に日が落ちれば東の丘に月が昇り、その照らす地上で赤子は生まれ大人は死ぬのを見ていると、どこであれ人の暮らしが変わらないことを察します。豪奢に暮らし、偉ぶり、他人の上に君臨したいのが人の常ではあるが、実はつまらないことです。小さなものは小さなままで良いと言うのが正しいのです。 ちょうど暇な日で家族全員がそれぞれ寝転がっているとき、「おい、カボチャのチヂミを作って食べようか」と言い出すと、退屈が破られてふと新鮮になります。「金がなければ家に帰ってピンデトクでも焼いて食べろ」という悪態のような歌詞がありますが、いまでは「金があっても家に帰ってピンデトクを焼いてみなさい」と言いたいところです。 こうしてピンデトクで気晴らしをしたおかげで、絵にも描き刻むようになりました。それを仕事場の壁にピンで留めておいたところ、おばさんたちは私をなかなか良い夫だろうと言い、おじさんたちは男たちを苦しめ面目を失わせると言いました。立場が違えば観点も違い、違うことを言うものですが、一度くらい自分でカボチャのチヂミを作ってみれば話は変わるかもしれません。家族が喜ぶだけでなく、「ピザ」よりはずっと情のこもった感じのする料理であることが分かります。 絵からもそうした温かい感じを得られたなら絵も成功したことになりますが、それは私の事情であり、何よりも若いカボチャを細く刻み、フライパンには油を少し控えめに引くのがカボチャのチヂミをおいしく作る秘訣であることを覚えておかれますよう。