詩人の黄東奎(ファン・ドンギュ、57)は「風葬」という題名で70編の連作詩を書くのに14年かかった。1982年秋のある日、海辺を訪れると、頭の中を巡っていた想念が詩となって現れた。死を考える詩だった。風葬は遺体を野原に捨て置く葬法である。風と雨に肉身を委ねる、やや原始的な方法だ。しかし無為自然を夢見る者たちには、きわめて観念的な超越感を抱かせもする。詩人は「風葬」という題名の詩集で、風と出会う死の恍惚を歌う。それは激しい起伏のある精神的長征だった。詩人は『超越は結局、超越をしていない場所にあるということを悟るために14年かかった』と吐露する。 詩人は「風葬1」でこう語る。 「私がこの世を去ったら風葬にしてくれ 寂しくないように服は着たまま 電子時計は動いたまま/手首に付けておいて/あまり寒くないように/革かばんに入れて貸切タクシーに乗せ/群山へ行って/検問が厳しければ/コムソあたりで/ポンポン船に移し替えてくれ」 詩人は旅を好む。海と山、そしてそれらが起こす風を好む。だから彼は「風葬1」を締めくくりながら余裕を感じる。「風を布団のようにかぶり/火葬も解脱もなく/布団を整えるように風を整え/最後に体の血がすべて乾くまで/風と遊ばせてくれ」 詩人は死を迎える前に心を空にしなければならないと語る。腹を切る代わりに精神的な切腹を語っているのである。内臓をかき出すように、知力と想像力の力で残っている精神的な滓を消してしまおうとささやく。 「仏に会えば仏を殺し/ルカーチに会えばルカーチを/バシュラールに会えばバシュラールを/ノルブに会えばフンブを…」(風葬4)。すべてを消し去ったと考えた詩人は、ようやく安らぎを感じる。「気を抜いている間に/夜の雨が降る音がなぜこんなに安らかなのか」(風葬16)。 薬物の過剰摂取で早世した米国のあるロック歌手は『死は、眠りから不意に目覚めたときにベッドの横で自分をじっと見つめる人のように、ただよそよそしい』と語ったことがある。そのためか、詩人は死との親和力を強調しているのかもしれない。それは次のような詩句のように、無為自然の世界へ移ろうとするものであろう。「熟したりんごは落下して無我の境で一度跳ね上がり/ゆっくり転がって/安らかに横たわる」(風葬17)。しかし死への積極的な適応、すなわち慣らしの過程は、時に非常に傲慢な境地に至る。「体をすっかり取り出して/宇宙空間のすべてと一度身をすり合わせる/あの痙攣!」(風葬30)。死を拒まず満喫することは、結局生きているときに観念としてのみ可能であろう。詩人はある意味では死そのものよりも、死を考えることのできる唯一の存在、生命あるものたちのさまざまな自画像を描いているのかもしれない。 詩人は長征を締めくくる「風葬70」を散文で反芻した文章で、超越以前の生が持つ静かな恍惚と、その後の倦さを語る。 『小川の上に伸びた裸の木の枝に、夕光の中で小さな水鳥が一羽とまっている。一つの生の終わりが、一つの宇宙の終わりが、こうであってもよいように思える。あるいは詩の終わりが。私はその鳥に問う。眠っているのか。夢もなく。』 詩人は終末論者ではない。彼は生を讃美するために、まず死への親和力を回復しようとしているだけである。美しい言葉とゆったりとした旅路、万物が生きて息づく音を聞く耳、詩集「風葬」はそれゆえに美しい。
1995-09-30 | 【李勇雄】
本 風葬
本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。






