1995-12-31 | 姜永洙 作 朴男 畵

小説 素女経 <229>

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見た目は雄大な山であっても、水気がなければ乾ききって死んだ山である。抱えきれぬほどの大木から伸び出た多くの枝でも、その中には花を咲かせ実を結ぶことのできない枯れ枝がある。ひと目見ただけでは他の枝とまったく差がない。男の体も同じである。外見上はまったく異常がなさそうな頑強な体格の男でも、どうしたことか房事に入るとまったく力を発揮できない。これを古代の房術書では「偽鼎」と指摘する。すなわち、偽りで立っている三本足の鼎という意味である。 いくらもっともらしい姿であっても、躍動が自由でなく、屈伸に困難が伴うなら、それは「偽鼎」にすぎないという皮肉である。美しい女の奥処に入室するとき、少なくとも之の字や玄の字のように屈伸しながら進み行かなければ「偽鼎」にすぎないという結論だ。 ならば段文振の場合はどうか。まさに「偽鼎」であった。しかし房事によって生じる五衰の徴候とは判然と異なっていた。五衰とは陽茎が衰退する五つの症状であった。精神的な傷害を受けたときには精液が自分でも知らぬうちに出てしまい、肉体的な傷害を受けたときには精液が薄く少ない。また精液が普段より臭うのは筋肉に故障があるのであり、骨に障害があれば精液は出ても射出する能力を失う。さらに体全体が故障を起こせば精力が衰退し、勃起不全などの症状に陥る。 雰囲気が妙に固まると、卞東賢はすばやく琵琶の音を弾き出した。風雲雷雨が吹き荒れる音が場を圧倒したかと思うと、いつのまにか調べは絶えそうに遠ざかった。女官はそれが何の意味かを察したように、押しやっておいた書物をすばやく広げ持った。それと同時に皇帝の口から雷のような声が飛び出した。 『やめよ!今宵の長夜の宴は、ろうそく遊びで足りる。あえて兵部尚書を生ける屍にする必要はあるまい。』 皇帝は場内を見回し、いっそう自らの声に力を込めた。 『昔の皇帝たちは、何であれ思うままに遊びの余興を楽しんだではないか。あえて男女が輪のように絡み合って転がることだけを好んだのではない。であるから「西周舞」の遊びは後日見ることとし、せっかく兵部尚書が上げた箚子(箚子:簡略な上疏文)を読ませよ。』 皇帝の突然の発言で忙しくなったのは楊子厚であった。彼はいそいそと走り出て、箚子を宇文述に手渡した。