1988年に設立された振宇建設(代表・姜乙求=カン・ウルグ)は、昨年9月に不渡りを出した亜州建設を今年3月に買収するまでは、住宅業界では名前程度が知られた零細業者にすぎなかった。年間数千戸のマンションを供給し、水原など首都圏地域ではかなりの名声があった亜州建設を、相対的にはるかに規模の小さい振宇建設が買収すると、関連業界では「果たして振宇が亜州の不渡りによる入居予定者の被害最小化など、事態収拾をできるのか」という疑念を抱いていた。 しかし振宇が亜州建設を買収するや否や、当時施行中だった4400余戸のマンション供給を水が流れるように計画通り推進したため、改めて振宇建設の能力を再評価している。 振宇建設の姜乙求社長は1984年、亜城建設という戸建て住宅業者に共同出資し、住宅事業に足を踏み入れた後、1988年に振宇建設を設立した。 姜社長は振宇を設立するとすぐに、それまでの戸建て住宅事業から脱し、京畿道平沢・安亭里、彭城の振宇ヴィラ(50戸)、利川振宇ヴィラ(90戸)など共同住宅事業を始めた。1991年からは松灘・池山地区に300余戸のマンションを供給し、本格的なマンション事業に乗り出した。 振宇建設はその後、先月までに約2500余戸のマンションを分譲し、亜州建設が施行していた事業まで合わせると、今年末までに合計7000余戸のマンション供給実績を持つことになる。 振宇建設は「人間の生命を尊重する都市型集団田園住宅の建立」を住宅建設の目標とし、事業地区を可能なかぎり首都圏の外郭でありながら交通の便利な地域に定めている。そのため、ソウル近郊やソウル地域での住宅建設実績はまだなく、主に水原、平沢、利川などに偏っている。今回買収した亜州建設の事業地域も龍仁、平沢、利川、華城などである。 現在、振宇建設が分譲中または分譲計画中のマンションは、平沢・浦升面万戸里の472戸をはじめ、水原・梅灘洞240戸、亜州建設が分譲中だった龍仁・三加里582戸など5118戸である。このうち583戸だけが分譲されたが、これは亜州建設の不渡りにより途中で分譲が中断されたためだ。 振宇は亜州建設が施行していたマンションをすべて「振宇アパート」に名称を変更し、現在改めて分譲計画を立てて大々的な分譲公告を出す計画である。 姜社長は「亜州建設の不渡りにより既存の施工現場に手抜き工事の危険が多く、新たに事業を施行するという気持ちで施工している」とし、そのために直接現場に出て現場労働者たちに自分の家を建てる気持ちで施工するよう督励している」と述べた。 生粋の水原出身で苦学して学校(水原工業高校、建国大)を卒業した後、会社勤めや一般製造業者などを経営し、住宅事業に進出した姜社長は、自身の恵まれなかった幼少期を回想し、「少年少女世帯主支援」「孤児院支援事業」など青少年事業にも多くの関心と支援を惜しまないでいる。彼はこうした社会活動を評価され、1992年8月に中華民国世界文化大賞の青少年部門を受賞し、中華民国勲章を受けたこともある。 ◇亜州建設が施工中に不渡りで工事が中断された利川のマンションの鳥瞰図。振宇建設が買収した後、再分譲に入る予定である。円内は姜乙求社長。
1996-06-29 | 朴性泰
中小住宅メーカー探訪 チヌ建設(16) 88年設立後マンション7000戸供給
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