賢い人の例を挙げるとき、最初に思い浮かぶのが「ソロモンの知恵」である。一人の子どもをめぐって二人の女がそれぞれ自分の子だと主張していた。最近のように未婚女性が子を産んで病院に放り出して逃げたり、養子縁組機関に置いて姿を消す事例が少なくない時代とは全く異なる聖書時代の話である。 ソロモンが刀を取り、一人の子を二つに断ち割って二人の女に半分ずつ分け与えようとすると、一人の女は泣き、一人の女は諦めた表情を見せた。ソロモンは泣いている女の子どもであると直感し、子を泣く女の胸に抱かせた。 釣りをしていると、この女たちのように一匹の魚をめぐって、お前の魚だ、私の魚だと争う場合がある。「三本針釣りの時代」までさかのぼってみよう。三本針釣りとは、一つのおもりに3本の長い釣り針を三方向に結合した韓国特有の釣りで、底に敷いておき、鯉が通ると素早く引っかけて釣り上げる釣法である。同じ場所に何人も座って釣っていると、二人の針に一匹の鯉が掛かる場合が少なくない。 こうしたとき、魚は誰のものになるのか。言うまでもなく先に掛けた人の魚だが、後に掛けた人が自分のものだと言い張れば、やむなく二つに断ち割って互いに半分ずつ分け合うという笑えない事例もあった。事情は異なるが、魚が大きすぎて竿を持っている人が魚をランディングできない場合も多い。こうしたときは、たいてい隣にいる人がたも網を差し出して魚をすくい上げる。いわば釣った人とすくった人が異なる。この場合はどうなるのか。たも網ですくった人は「ボランティア」であり、魚の持ち主は竿を持っている人である。 大洋の釣りで、釣り人と船長、そしてヘルパーたちが150kg以上あるブルーマーリンを釣った場合、その魚の持ち主は誰だろうか。原則は釣り人のものではなく船長のものである。船長は釣り人に「釣る楽しみ」を提供すればそれで任務は終わり、釣り人が死闘を繰り広げて引き上げたブルーマーリンは船長の分となる。 考えてみれば、釣り人の間では洋の東西と時の古今、そして場合によってさまざまな魚の分け方が繰り広げられているわけである。筆者の場合は、釣った魚を放し、分け与えるのに忙しい。筆者は釣りを楽しむ人間だが、「魚からは解放」された人間である。釣れてもよく、釣れなくてもよい。食べてもよく、生かしてやればなおよい。ただ、筆者のために無残に死ぬ魚が出ないことを切に願うばかりである。 【韓国釣り専門家会代表】
1996-08-31 | 宋祐
宋祐の釣りコラム〈18〉釣行万里
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