1997-12-31

今年の失敗を新年の資産に(社説)

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最後という時間はいつも胸を締めつける。一年の終わりである年の暮れも同じである。しかし例年は新年への希望と胸の高鳴りがあって足取りは軽かった。今年は体も心も千斤のように重いばかりである。来年に期待できるものが何もないからだ。国際通貨基金(IMF)の寒波が本格的に吹き荒れる来年は、想像するだけでも苦しい年の暮れである。○政府の失政、悪夢のような一年 一年を送りながら「多事多難」という言葉を使わなかった年はほとんどなかった。この「多事多難」が今年のように肺腑を突いたことはおそらくなかっただろう。国が不渡り危機にまで追い込まれなかったか、全国民の暮らしが崩れ落ちなかったか、実に記憶したくない悪夢のような一年であった。 丁午年一年の話題は断然「経済」である。深さの分からない深淵の中へ沈み込んでいる韓国経済は、屈辱とため息、そして暗鬱以外に表現する術がない。年初の労働法騒動で始まった国政の漂流は、韓宝事態が起きたことでその結果を予断させた。三美・Daenong・真露など大企業の不渡りドミノに至っては無政府状態を思わせた。起亜事態で国までを台無しにした国政の乱脈ぶりは、結局IMFに救済金融を申請する恥辱を甘受しなければならず、経済主権までを差し出すことになったのである。 国民所得が1万ドルを突破したと騒ぎ立てたのが2年前である。世界第11位の経済大国になったと経済協力開発機構(OECD)に加盟し、意気揚々としていたのもわずか1年しか経っていない。国民は政府の虚勢だけを信じ、本当に先進国になったかのような錯覚に陥った。押し寄せるように外国へあふれ出て、浪費して惜しい外貨を使い散らした。いつの間にか韓国人は日本人を押しのけて「世界のカモ」として登場した。世界の有名ブランドはすべてソウルに集まった。政府が1年先も見通せなかった短見の所産である。 ○平和的政権交代の成果も これまで世界の権威ある経済研究所は韓国の経済を不安な目で見ていた。わが政府に警告のメッセージまで送るほどであった。国内の研究所も報告書を作成し、財政経済院に提出した。そのたびに財経院の官僚はこれを無視し、さらには国内研究所を脅迫したと伝えられる。いま大統領職引継委員会が政府省庁に対し各種秘密文書の破棄中止を求めているのも、官僚の怠慢と傲慢、職務放棄などを明らかにするためである。韓国経済がこのような姿になったのには「人災」が相当な部分を占めているという診断もここから出てくる。早くに動いていればここまで至らなかったという指摘である。 後悔しても仕方がない。いまはドルを乞い、一日一日を生き延びている身の上である。面目や自尊心はすでに千丈万丈に落ちた。漢江の奇跡は世界の笑いものとなった。今や生存を心配しなければならない局面である。 昨年11月以来、一日4千人が職を失った。今月に入ってはソウル地域だけで一日45社が不渡りで倒れている。民間の経済研究所は来年には失業者が急増し、失業大乱の事態が来るのではないかと懸念している。一致した見方は100万~130万人の線である。最悪の場合には200万人に達するという不吉な推定も出ている。 ○新政府・新体制を土台に このような絶望の渦中でも意義ある出来事もあった。50年ぶりに平和的な政権交代が実現したのである。韓国の政治文化に大きな一線を画す歴史的な事件である。選挙の後ごとに起きた後遺症も今回の選挙ではなかった。史上例のない公明選挙のためである。金大中大統領当選者は国政を放棄した現政権に代わり、IMFや米国・日本などを直接相手にし、国際的な信認度を高めるのに決定的な寄与をした。モラトリアム(Moratorium・対外債務支払停止および猶予)一歩手前で国の経済を救い出したのに等しい。だからこそ頼るものが全くない来年に、新政府は細い糸のような希望である。 あの日が暮れればこの年も去る。たとえ明日は今日よりさらに過酷な試練が待っているとしても、明日は常に希望を象徴する。このまま座り込むわけにはいかない。 今日の危機を機会として活用しなければならない。ベルトをぎゅっと締め直し、再び始めなければならない。格言にもあるではないか。「勝利は栄光であり負債であるが、敗北は苦痛であり資産である」と。今日の失敗を経験として、失敗が繰り返されないよう皆で努力しよう。

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