1998-04-20 | 崔永定

[崔永定(チェ・ヨンジョン)のゴルフコラム]「ネバー・ゴルフ・オン・サンデー」の顛末

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「今度の日曜日、ゴルフをしましょう」 「駄目だ。教会に行かなければならないから…」 われわれの周囲のキリスト教の篤信者たちは、おおむね「ネバー・ゴルフ・オン・サンデー」、すなわち日曜日にはゴルフをしない。 日曜日は主日、すなわち安息日(Sabbath)であり、だから俗世のすべての事を避け、霊神の事にいっそう力を尽くそうと教会に行くというのである。 かつてゴルフ発祥の地スコットランドでは、ゴルフと主日とは長い間相克であった。16世紀の教会は、霊的な反省をすべき主日にはすべてのボールゲームを法で禁じた。 1457年にジェームズ2世が下したゴルフ禁止令があまり守られなかったのとは対照的に、教会による「日曜ゴルフ禁止令」は非常に峻厳であったと伝えられる。 1583年、ある教会は安息日にゴルフをした信徒を全員召喚し、峻厳な警告を下した。その後も違法者(?)には罰金の付加や破門などの厳しい措置が取られたという記録が残っている。 17世紀に入ると、主日にゴルフをした違法者に対しては信徒の前での公開懺悔とともに監禁刑まで下す弾圧(?)が続いた。そして17世紀末には「説教後は許容する」に緩和され、18世紀初めには「日曜ゴルフ禁止法」は撤廃されるに至る。 ゴルフがアメリカに渡ってからも日曜禁止は続き、1880年代の清教徒植民地ニューイングランド州の教会の場合、いわゆるブルー・ロー(Blue Low)を掲げて安息日のボールゲームを一切禁止した。違法者を手当たり次第に拘禁または罰金刑に処する横暴も行われた。 一例として1895年には州警察がリッチモンドCCに乱入し、プレー中のニューヨークの事業家2人を連行して罰金刑を下した一方、女性信徒たちに「日曜ゴルフ反対運動」を大々的に展開させた。 彼らは「ゴルファーたちが安息日に教会へ行く人の前を意気揚々と横切ってコースに入っている。日曜勤務はすべての犯罪の根源なのに、キャディーに仕事をさせるとは…」と、当時10万を数えたキャディーたちを問題視した。 一方で「日曜スポーツは人の徳性を枯渇させる。刑務所の囚人の大部分は安息日にゴルフなどの遊びをした人たちだ」とゴルフを断罪した。 1925年にアメリカの日曜ゴルフ禁止が解除される。「スポーツはわれわれの生活において祈りに匹敵する重大な位置にある」という大きな認識転換によるものだった。 ゴルフのメッカ、セントアンドルース・オールドコースは宗教上の理由と、安息日にはコースも休息すべきだとして依然日曜休場だが、世界3万コースはほぼ日曜開場である。 アメリカのいくつかのコースのように、わが国のゴルフ場もコース内に教会を建て、礼拝を済ませてすぐプレーできるようにすれば、ゴルフ信徒たちにとって大きなサービスになるだろう。