戊寅年を締めくくる仁川・南洞工業団地内の友情ロープ㈱の従業員たちの心は、感慨でいっぱいだ。不渡りとなった会社を1年間自ら運営し、工場を正常稼働させてきた末に、新年には新しいオーナーを迎えることになったからだ。ワイヤロープ製造会社である同社が不渡りとなった日は、IMF直後の昨年12月2日。94年に設立された同社は京仁地域で唯一のワイヤロープ製造会社で、内需はもちろん東南アジア、欧州、オーストラリアなどに船舶・建設・エレベーター用ワイヤロープを輸出してきた堅実な中小企業だった。 しかし、95年と97年に厨房用品と鉄条網の生産工場を増設するなど事業を拡張してきたところ、IMFの寒波に遭い資金難で不渡りとなった。 当時の社長は、従業員たちが自ら会社を運営してみるようにという言葉を最後に残して会社を去った。 この時から23人の従業員の血のにじむ努力が始まった。彼らは会社が好転するまでボーナスと手当を自主返納し、費用削減に注力するなど、1人の社員も犠牲にすることなく会社を生かすことに全力を尽くした。 不渡り後も持ち場を守り誠実に働く彼らの姿に、債権者も信頼感を持つようになった。資材供給会社は掛けで品物を供給し、工場を差し押さえた債権金融機関も競売までは従来通り生産活動ができるよう手助けした。 これを力に、従業員たちは不渡りから4カ月後の4月6日、社名を京仁線材工業から友情ロープに変更し、法人を新たに設立して本格的に工場の運営を始めた。 骨身を削る努力の結実が現れた。為替上昇のおかげで輸出が好転し、月平均3億5000万ウォンの売上を計上するなど正常軌道に乗った。従業員も10月と11月に2人を補充し25人となった。1人の社員も犠牲にすることなく、むしろ2人増えたのだ。この間、給与が時折数日遅れることはあったが、きちんと支給された。 従業員たちは10月26日、この工場(敷地1000坪、3階建て建物、鑑定価17億ウォン)を競落した事業者に会社を引き受けてほしいと要請し、競落者も従業員の誠実さと会社の将来性があると判断、新年1月1日から正式に経営に参加することにした。 涙ぐましい努力で不渡りの辛酸を乗り越えた末に、経営の専門家である新オーナーを迎え、再跳躍の基盤を整えることになったのだ。 これまで従業員を代表して工場を総括運営してきた黄鳳漢(ファン・ボンハン)部長(工場長)は「現在ワイヤロープの需要先は多いが生産設備が追いついていない実情で、新オーナーを迎えて設備が増設され運転資金が回れば売上拡大は時間の問題だ」とし、「新社長が正式に就任すれば、全社員が心機一転して社勢拡張に全力を尽くす覚悟ができている」と力を込めて語った。【仁川=金仁完記者】 [写真]不渡り後1年間、血のにじむ努力で会社を正常稼働させてきた末に新年に新オーナーを迎える友情ロープの労働者たちが、新たな跳躍を期待しながら働いている。
1998-12-31 | 김인완
昨年12月に不渡り、ウジョンロープが持ち主なしで1年間正常稼働 従業員が結束しIMFの激流越える
本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。






