1999-01-31

[本] 故金南柱(キム・ナムジュ)詩人の夫人・朴光淑(パク・クァンスク)さんが散文集を刊行

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『一つの山を越えれば岩で険しいもう一つの山があり、水を渡れば波で荒々しいもう一つの海があるように、我々の愛の道は苦しく遠いということ。だから、山ならば越えてやり、水ならば渡ってやるという心持ちで、我々のこのいとおしい愛を育てていきましょう』今は故人となった金南柱(キム・ナムジュ)詩人が獄中から妻に送った手紙の一節である。今、その妻の朴光淑(パク・クァンスク)さん(49)がこう語る。 『春はどれほど恐ろしい刑罰でしょうか。私はその刑罰に鞭打たれ、焼き入れされながら、この春を呪います。死んでいた木の枝が再び生き返って葉を吹き出すことを許すことができません。黄土の風ばかり起こしていた土が、根と種に生命を返すとは! これほど残酷なことがあるでしょうか。死んでまた芽を出し、生命の花を咲かせる自然の循環を、私は許すことができません。あなたは帰ってくることができないのに、天地一面にツツジとは、レンギョウとは、ライラックとは!』 1994年に金南柱詩人が3カ月間の苦しい闘病の末に癌で亡くなった後、江華に下って息子のトイルと農業を営みながら暮らしている朴光淑さんが、散文集「空き野に木を植える」(プルンスプ刊)を出した。 国語教師をしていた朴光淑さんが夫を失って選んだ道は、土と出会う仕事だった。『人間は労働から遠ざかるほど堕落していく』という夫の詩句を忘れられなかったからである。しかし土を耕し、自然のあの燦然たる生命力を確かめながら、彼女はどっと涙を流すこともあった。それでも子どもが入浴中に父に会いたいと言って泣き叫べば、『そう、お母さんが空へ登る豆の木を植えてあげる』となだめていた朴光淑さん。土は彼女にどんな希望を与えたのだろうか。 『今は闇を送り出し、朝を迎えるために空き野をさまよいます。冬の門を押しやって海へ出て、干潟の泥の上に立ちのぼる潮の香りに鼻を濡らしながら、遠くに昇る朝日を両腕を広げて迎えます』 夫が去った場所に、荒涼とした冬を青々とした緑で守ってくれる木を植え、また植えているという朴光淑さんの散文集は、飾りのない生活の記録として、美しさに満ちた新たな希望を歌っている。彼女はもう泣いてばかりはおらず、ただ次第に荒れていく世の風景を痛ましく思っているだけだった。もちろん、たくましく育つ息子のトイルと共にでなければ、難しいことだっただろう。【李容雄(イ・ヨンウン)記者】

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