1999-07-31 | 김지민

[特別寄稿] 上がれば買い、下がれば売れ 金智民(現代証券金融工学チーム長)

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94年後半以降、しばらく経験した指数1,000ポイント時代を再び迎えた。一見すると、これまでの金融費用を無視すれば、誰でも株式投資でおおよそ元本は取り戻せたように思える。しかし現実はこれと異なる。95%の投資家が96年から98年半ばまで続いた大勢下落期に物質的・精神的な被害を受けた一方、昨年後半から9カ月間続いた大勢上昇には参加できず地団太を踏んでいる。 今後2,000ポイントまで上がれば、個人投資家の苦労は雪が解けるように消え、皆が幸せになれるのだろうか。だが答えは冷厳である。発想の転換なしには、今後いくら上がってもこのゲームに勝つことは決してできない。既存の投資哲学に決定的な誤りがあるからだ。 株価は上昇か下落のどちらかである。他のゲームのように複雑なルールが多いわけでもないので、目を閉じてやっても確率は半々になりそうに思える。ここに若干の努力と研究を加えれば勝算は高まるだろう。こうした心境で入門してあらゆる苦労をしてみるが、残るものはほとんどない。何が間違っていたのか。株式投資は株価の上下を当てるゲームだという基本的な発想そのものが誤りなのである。 実力が利益をもたらすというのが事実なら、なぜIMF経済危機というただ一度の衝撃で、機関・個人の区別なくすべての投資家が損失を被ったのか。その時は市場研究と情報収集を怠っていたというのか。 株価指数1,000ポイント時代、成功する投資のためには何よりも発想の転換が急務である。 まず株式は経済学的側面よりも心理学的側面からより良く説明できることを知らねばならない。株価は企業価値と経済状況の反映でもあるが、それ以前に数百万の投資家の集団心理が結集したものである。もたもたしているうちに280まで下がり、瞬く間に1,000を回復するのが株価だ。経済学を当てはめて説明できるものではない。 投資家の心理を一つ一つ把握できない場合、最良の戦略は、下落時には一定の損失を被っても必ず市場を離れ、上昇時には必ず参加することである。まさに高値買い・安値売りの戦略だ。最も自然なリスク管理方法であると同時に、大勢上昇を逃さない唯一の道である。 第二に、自分の実力で金を稼げるという考えを捨てなければならない。花札も手札がよく入り、後の手が合わなければ金にならない。48枚の中に神出鬼没の秘訣があるわけではない。3点ずつ渡しながら損失管理をきちんとしていれば、一度は時が来る。稼ぐのは自分が上手いから稼ぎ、失うのは市場が悪いから失うというほど無責任な発言はない。自分がすべきことは損失管理であり、金は市場が稼がせてくれるものである。市場の前に謙虚であり、市場に感謝できなければならない。 第三に、適正株価は誰にも分からないと考えるのがよい。そんなものは初めから存在しないと信じる方がむしろよい。金は恐ろしいものであり、したがって価格ほど正直なものはない。好んで買えば上がり、嫌って売れば下がる。画面に見えるその価格こそが適正価格なのである。割安だ、安値買いだといった論理ばかり見ていてはロスカットがうまくできない。価格下落が理不尽に見え、信じられないと安値買いを狙いがちだが、そうしているうちに資金を失うことになる。 最後に、稼ごうとすれば失い、失おうとすれば稼ぐという事実を知らねばならない。多く稼ぐためには上手に失わなければならない。何度も連続して損失を被っても、自分と約束したロスカット価格が来れば必ず捨てられなければならない。少しずつ頻繁に失うことがむしろ楽しくなるまで、絶えずロスカットの練習をしなければならない。市場に偽りはない。市場を信じられず、これとは逆に安値買い・高値売りで小技を弄した末、たった一手を誤り、安値だと信じた点が安値でなかった時にすべてを失うことになるのである。 一度も経験したことのない状況を迎える時こそ、重大な決定を下す時点である。碩学が集まったロングターム・キャピタルも、過去の統計値への過度な依存によって大きな失敗を味わった。 IMF経済危機は考えもしなかった初めての出来事だった。大勢に従って株式を捨てるべき時だった。指数1,000ポイント、あらゆる指標が新高値を更新している今は、まさに株式を買うべき時である。失うことを恐れる者はこの宴を共に喜ぶことができない。今が高値かもしれない。下がれば売ればよいのである。また上がれば売ったことが惜しくとも、再び買えばよい。 リスク管理をきちんとすれば、金はいつか稼げるようになっている。徹底したリスク管理のみが成功する投資への唯一の道である。