2000-04-30 | 박은주 기자

全州国際映画祭の開幕作は「オー!スジョン」

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色は欲望の世界である。人生は常に欲望に満ちているため、色を表すことはすなわち人生を表すことに見えた。しかし2000年。千の位の数字が変わるという理由だけで、何か新しいことが起きなければならないような2000年。28日に開幕した第1回全州国際映画祭は、新たな始まりとして「脱色」を選んだ。開幕作として上映されたホン・サンス監督の3作目の映画「オー!スジョン」は白黒である。彼の白黒は脱色なのか、それとも別のモノクロームをかぶったものなのか。 彼の映画は時間と空間を分割してきた。「豚が井戸に落ちた日」では不倫と殺人という扇情的な主題を「時間」という変数で、「江原道の力」では知られた「空間」を再び因数分解した。今回は「視点」である。視点は階級と欲望を反映する。 あらすじは単純だ。処女の服を脱がせてベッドに横たえるまでの長く退屈な、ビートルズの歌「LONG AND WINDING ROAD」のように容易ではない旅程を、コミカルなせりふで変奏した。5つの章で構成されている。 放送作家のスジョン(イ・ウンジュ)、彼女と共に働くプロデューサーのヨンス(ムン・ソングン)、美大を出て画廊を営むジェフン(チョン・ボソク)。ヨンスが制作費の支援を受けるためスジョンを同伴してジェフンに会うことで、ジェフンとスジョンの関係が始まる。1、2章はジェフンの視点で見たスジョンとの出会い、3、4章はスジョンの視点であり、5章は第三者の視点だ。 一見、回帰的で反動的に見えるかもしれない。多くの人はこの時代の「処女」に「処女性」を求めるのは無理だと考える。監督は一人の処女の「処女喪失史」を「処女取引史」として表現した。冷笑的な感性が随所に現れる。 1章の初めての出会いでジェフンはプロデューサーとスジョンに、ただ食事に行こうと言うが、スジョンの視点で反復される出会いの場面では、運転手に昼食代を渡すジェフンの姿が出てくる。スジョンにとって彼は金のある男だった。スジョンはジェフンが自分の胸をより容易に触れるよう、彼がシャワーに行っている間にブラジャーを外しておくが、いざ彼がもう少し密やかな行為をしようとすると、彼に誘惑的な一言を投げる。「私、初めてなんです」 処女が処女でない世の中で、処女が処女であることは大変な付加価値を持つ。シーツを濡らしたスジョンの処女血を見て感慨無量のジェフン。「君が嫌がることは命を懸けて直すよ」。このせりふを通じて監督は処女性と虚しい約束を等価物として評価する。どちらもごみのようだという言葉なのかもしれない。 二人の人物の視点を通して見せられる同一の状況の反復は、変奏にその妙味がある。1、2楽章と3、4楽章での反復と差異は、結局、人生の真実と虚偽が紙一重だと語る。 白黒画面はありふれた日常の空間に対する異化効果(見慣れなく見えること)を引き起こし、むしろ反復される二つの物語の差異にいっそう注目させる。欲望とは、むしろ白黒でより容易に表れる。 それは映画的な華やかさからの脱色であり、同時に監督の虚無主義的な世界観による変色である。監督のこうした語り方は、カンヌ国際映画祭「ある視点」に彼を2度目の進出させた。ビアホールでジェフンがスジョンにキスをする間にフォークがカチャッと落ちると、ジェフンが「フォークですよ」と言う場面で観客は笑いを爆発させた。暗黙の世界に投げる彼のコミカルな呼名は、このようにして大衆を呼び込む。 初めての経験をする全州国際映画祭で、初体験を扱った映画を選んだことは、方式においても主題においてもかなりうまくかみ合った選択だった。 全州=パク・ウンジュ記者 入力時間 2000/04/30 19:34

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