顧庵・李応魯(イ・ウンノ)画伯(1904-89)の生誕100周年を迎え、その画業全体を回顧する場が各所で設けられる。
国立現代美術館と李応魯画伯の遺族および李応魯美術館が共同で準備した「再び顧庵を考える:顧庵・李応魯生誕100周年記念展」が、ソウルの徳寿宮美術館で3日から開かれる。
展示は2005年2月13日まで続く。出品作は初期から晩年の作品まで代表作150点余りが展示される。
展示は、1922年に書画家・金圭鎮の門下で四君子を学び始め日本留学後の1945年の解放前後まで(受容と模索)、解放以降1958年にフランスへ渡るまで(運筆の拡張)、1960~70年代の渡仏以降のコラージュから文字抽象まで(新たな材料の探索、東洋性の具現)、1980年代の群像作品まで(自由、念願、統一)と、時期別に分けて構成された。
朝鮮美展入選作である「東都河岸」(1938)と「荒涼」(1939)、抽象化していく過程を示す風景画「海底」(1950)「生脈」(1950年代)「山村」(1956)、本格的な抽象の道に入って以降発表された「構成」連作(1961-62)、80年代の「群像」連作、東ベルリン事件で収監中(1967-69年)に制作された作品が出品される。
特に、巨匠の作品をタピスリーとして制作・所蔵しているフランス国立家具美術館所蔵の李応魯のタピスリー2点が国内で初めて紹介される。職人が作家から図案を受け取り1年以上かけて制作した3mを超える大作である。(02)779-5310。
一方、ソウル平倉洞の李応魯美術館では生誕100周年を記念して「パリ李応魯アトリエ」展が続いている。
この展示は顧庵の最後の仕事場だったプレ・サン・ジェルベ(Pre St. Gervais)のアトリエを再現したもので、彼のアトリエを埋めていた完成・未完成の作品と、その創作活動を示す100枚余りの記録写真、愛用した遺品が姿を見せる。
「統一木枕」「群像」「文字抽象」シリーズなど50点余りが出品された。展示は12月31日まで。(02)3217-5672。
また、パリ東洋美術学校の弟子たちの作品を集めた「墨技グループソウル展」が11月3日から14日まで、ソウル仁寺洞の物波アートセンターで開かれる。
顧庵は1958年、50を超える年齢でフランスへ渡りパリに定着した。
1950年代にすでに墨の自由奔放な表現力と濃淡を基盤に対象の特性を把握し、一筆揮之で表現する半抽象的な絵を描き始めた顧庵は、パリで東西洋の芸術ジャンルを行き来しながら新たな媒体と技法を探求し、独創的な抽象美術を生み出した。
顧庵は忠清南道洪城の出身で、1924年に朝鮮美術展覧会に「晴竹」で入選し画壇に登場した。
パリに定着した後、1963年にサロン・ドートンヌに出品して欧州画壇に知られるようになり、1964年にはパリのセルヌスキ美術館(Musee Cernuschi)内に東洋美術学校を設立し、欧州の人々に東洋美術を教えた。
1967年に東ベルリン事件に連座し強制送還され獄苦を経験、1969年に赦免された。Tongyangの書芸と文人画の精神を基盤に西洋のコラージュ技法を併用し、独特で幻想的な記号によって個性的な画面を構築した。






