2005-12-30

108年ぶりに看板を下ろす朝興銀行

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朝興銀行の光教本店の職員らが、シンハン銀行へ看板を掛け替えなければならないという統合推進委員会の決定が下された30日、年末の締め決算のため忙しく動いている。イ・ホジェ記者 創立108年で看板を下ろす朝興銀行の名前は、その歴史と同じくらい深い意味を込めている。朝興銀行の前身である漢城銀行は、旧韓末の1897年に創立された。

日本帝国は1943年、戦時金融体制を名目に、当時の代表的な民族系銀行であった漢城銀行と同一銀行を合併させ、これに両行の役職員らは民族の銀行としての矜持を守ろうという趣旨で、「朝鮮を興す」という意味を込めて銀行名を定めた。

朝興銀行は通貨危機以前までは国内銀行界で不動の1位の座を守っていた。しかし通貨危機が襲った1997年には韓宝事態、三美グループ倒産、Kiaグループ不渡りなど相次ぐ悪材料で大きな打撃を受け、結局その年の12月には政府から公的資金支援を受けることになる。その後、政府による強度の高い銀行リストラの過程で、1999年3月には忠北銀行、9月には現代江原銀行と合併した。

2000年以降、黒字基調を示すなど経営が一時正常化することもあったが、大宇、現代、双龍など主力取引先企業の不良化により第2次リストラ対象に挙げられ、結局2003年9月にはシンハン金融持株に売却された。

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