2006-05-31

初の40代ソウル市長、呉世勲とは

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初の40代ソウル市長、呉世勲とは 出馬宣言から52日で市長当選…庶民を狙った公約が効果か1994年の日照権訴訟で勝訴し「スター弁護士」に…改革的な政治家の代表格

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民選地方自治の導入から11年で40代のソウル市長が誕生した。

呉世勲(オ・セフン、45、ハンナラ党)ソウル市長当選者は法曹界出身で、2000年の第16代総選挙で与野党双方から「ラブコール」を受け、最終的にハンナラ党の公認で江南乙に出馬、議員バッジを付けて政界に入門した。

議会活動の過程では、いわゆる「呉世勲選挙法」と呼ばれる政治関係法の改正を主導し、党の危機ごとに人的刷新を主唱するなど、清新で改革的な政治家の代表格としてのイメージを固めた。

2004年1月、第17代総選挙を前に「当選確実」とみられていた再選を退け、電撃的に政界引退を宣言し、政界に新鮮な衝撃を与えた。

こうした「クリーンな政治家」のイメージを基に、引退から2年4カ月後の4月9日に市長出馬を電撃的に宣言し、52日で破竹の勢いでソウル市庁に入城したのである。

特に、党内予備選をわずか半月前に控えて単騎で出馬し、先行していた党内予備選の候補を追い抜き、その勢いで本選の競合候補まで追い上げて勝利を固めるまでの過程は、一編のドラマを思わせた。

本選に入ってからは、環境運動の経歴など清新でクリーンなイメージを前面に出し、初の女性法務長官出身であるウリ党の康錦実(カン・クムシル)候補が起こしたいわゆる「康風」と「女風」を沈静化させ、予想よりはるかに大きな差で当選の栄光を手にした。

歴代の候補と比べ最短期間で選挙を準備したにもかかわらず、安定したソウル市政という旗印を掲げて標榜した公約も、重要な勝因に挙げられる。

▲ニュータウン拡大による江北商圏の復活▲賃貸住宅10万戸供給▲軽電鉄・モノレール導入▲予算1兆ウォン投入による大気質改善▲1洞1公共保育施設の確保▲バス中央車線制の拡大施行などの公約が庶民の視線をとらえたとの分析だ。

貴公子風の呉当選者も、小学校時代は高台の貧しい集落に住み、食事をラーメンで済ませることが多いほど貧しい生活を送った過去を持つ。1961年1月4日にソウル・城水洞で1男1女の長男として生まれ、観賞用の鳥を育てて売り小遣いを稼いだこともあると過去を回顧したこともある。

高麗大法学部を卒業した1年後の84年に司法試験に合格し、司法研修院時代には食中毒で期末試験に失敗し1年「落第」したこともある。

兵役を終えた後、91年に弁護士として開業し、94年に富平・山谷洞のKマンション日照権訴訟を担当して大企業から13億ウォンの損害賠償を勝ち取り注目され始め、この事件を通じて放送に出演することとなり「スター弁護士」への道を歩むことになる。

その後、MBC「呉弁護士・裵弁護士」、SBS「それが知りたい」など時事番組の司会者として活躍し、現在の大衆的支持の足場を築いた。

また、この時に訴訟を準備しながら代表的経歴として掲げる環境運動団体と縁を結び、環境運動連合の創立メンバーとして法律支援団長などを務め、着実に活動した。

バレエ公演に「カメオ」出演するなど舞踊や芸術にも幅広く造詣が深く、政界引退宣言後はトライアスロンに挑戦し完走記録を残したこともある。

高校時代から知り合った同い年の妻・宋賢玉(ソン・ヒョンオク、45)さんとの間に朱媛(21)、承媛(19)の2女がいる。

(ソウル=聯合ニュース)金京姫記者

入力時間:2006/05/31 23:05

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