許南植(ホ・ナムシク)釜山市長当選者
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2004年6月、故安相英(アン・サンヨン)市長の突然の死去による補欠選挙で釜山市長となった後、再選に成功した許南植(57、ハンナラ党)当選者は、30年間釜山市のみで公職生活を送ってきた生え抜きの行政官僚だ。
2004年の補欠選挙当時、釜山市の政務副市長だった許当選者はハンナラ党候補として出馬し、行政副市長だったウリ党の呉巨敦(オ・ゴドン、57)候補に勝利、2年余りぶりのリターンマッチでも完勝を収めた。
政務副市長になって1年余りで故安市長の死去を契機に、「釜山のために大きな仕事をしたい」という夢を実現できる市長の座に就き、今回再選に成功した。
「判断は鋭くするが行動は慎重に粘り強く」という意味の「虎視牛行」を座右の銘としている許当選者は、温和で円満な性格と謙虚さが最大の長所に挙げられる。
そのおかげで、3選の権哲賢(クォン・チョルヒョン)国会議員と争った党内予備選では、地域の国会議員のほとんどから支持を引き出して無難に勝利する底力を示した。
カリスマが不足しているとの指摘も受けるが、本人は「和合と妥協」を自身ならではの指導力として掲げている。業務に関しては徹底して目を配るため、厳しい上司との評価も受けている。
2年余りにわたり故安市長の残任期間を務める間は、再選を念頭に行動したため「無色無臭」だったが、今後は明確な自分の色を出すのではないかとの見方も出ている。夫人の李美子(イ・ミジャ)さんとの間に1男1女がいる。
慶南・宜寧出身で、宜寧中学校と馬山高校、高麗大を卒業した許当選者は、1977年に行政考試(19回)を通じて釜山市に第一歩を踏み出した後、交通企画課長、人事課長、企画官、経済振興局長、内務局長、企画管理室長など、いわゆる「エリートコース」と呼ばれる主要部署長を一通り経て、2003年に政務副市長に就いた。
(釜山=聯合ニュース)李英姫(イ・ヨンヒ)記者
入力時間 : 2006/05/31 23:52






