「経済発展の段階が高まり、成長鈍化は避けられない」
成長率5%の壁をなかなか越えられない盧武鉉政権が最近、決まって持ち出す言い訳である。昨年まで4年間で年平均4.2%の実質国内総生産(GDP)成長率にとどまった盧武鉉政権は、「もはや韓国に高成長神話はない」という言葉を宿命として受け入れた韓国初の政権として残ることになった。
今年に入り景気回復が明確になると、政府が上方修正した成長率は4.6%。1970~80年代の平均7~8%という高成長は考えることすらできない状況である。1999年9.5%、2000年8.5%の後、2001年(3.8%)に足踏みし、2002年に7%の成長率を記録したことさえ夢となった。
2002年の好況が政権発足の強固な基盤となったが、盧武鉉政権は管理不備で2003年にカード債問題が発生すると、責任をすべて前任の「国民の政府」に押し付けた。そして2003年と2004年、消費低迷で成長率が年平均4%にも届かないとみられると、「これ以上5%を超える高成長は難しい」というメッセージを発信した。
財界と経済専門家は、通貨危機以降の構造調整の成果が可視化して企業競争力が強化され、2003年から輸出が爆発的に増加したことを糸口に、盧武鉉政権が成長を重視し、輸出の力を国内の雇用創出など内需振興につなげていれば、高成長の神話がそれほど容易に幕を下ろすことはなかったと分析する。
実際、2003年と2004年の輸出額はそれぞれ1,625億ドルと1,938億ドルで、前年比19.3%、31.0%の高い増加率を記録した。しかし政権初期、規制改革よりも財界の引き締めに乗り出したことで、大企業・中小企業の工場移転がラッシュとなり、新規雇用創出は年を追うごとに数が減少している。全国経済人連合会の関係者は「盧武鉉政権は発足当初、企業環境の改善に積極的に乗り出すよりも大規模な検察捜査で財界を圧迫した」とし、「企業はこれにより国内に工場を設立するよりも海外に出ることに没頭した」と述べた。
成長は鈍化したが、社会の二極化は改善されるどころか悪化の一途である。最上位所得者20%の所得を最下位20%で割った所得分配5分位倍率は、貧困層の増加により2003年の7.23倍から昨年は7.64倍まで毎年継続的に上昇した。貧富の格差と階層間所得分布の不均衡の度合いを示すジニ係数も2003年の0.341から昨年は0.351へと悪化した。さらに、8回を超える総合的な不動産政策発表にもかかわらず、政策の混乱と空振りで住宅価格・地価が急騰し、庶民の剥奪感だけがさらに大きくなった。
米韓自由貿易協定(FTA)の妥結が政権末期に新たな成長基盤を用意した業績の一つに挙げられることもあるが、盧武鉉政権を支持してきた進歩勢力は二極化をさらに助長すると懸念している。準備不足で米韓FTAが今後、第2の通貨危機を引き起こす起爆剤になり得るという批判も漏れ出ている状況である。
米韓FTA締結と外貨準備高の増大で国家信用度は上昇しているが、通貨危機以前の水準を依然として回復しておらず、回復速度が速いともいえない。特に、無分別な公務員増員によって非効率的な大きな政府をつくり、韓国の国家競争力が後退しているというのが海外有力機関の評価である。スイス国際経営開発院(IMD)の国家競争力評価で、韓国は2002年の29位から昨年は38位へと逆に9段階下落し、政府の行政効率は同期間に27位から42位へ転落した。






