アピシット・ウェーチャチーワ・タイ首相が国民的「和解」を訴え、世論の誘導に乗り出している。彼は先週末、タイ駐在の外交官を招いて行った演説で「和解」という言葉を実に9回も言及した。「和解」はアピシット首相のモットーと言える。彼は少なくとも88人の死者を出した流血事態の収拾は後回しにしたまま、政治論争にこだわろうとしている。しかし、彼が叫ぶ「和解」は、かつてタイの軍事政権が声高に唱えたものとさほど変わらない。
デモ参加者の主要な要求事項から見てみよう。タイ国民、とくに農村地域の人々は自由で公正な選挙を要求した。首相は、田舎の貧しい人々が「合法的な不満」を持つことはあり得るが、早期総選挙の要求は困るのだと指摘した。
彼は(むしろ)「力強い景気回復」と「平和な状況」を強調した。しかし選挙が遅れるほどレッドシャツはさらに絶望し、彼らはバンコクの約束をこれ以上信頼しなくなるだろう。
これまでアピシット行政府は、政治的発言を統制し、親政府的な意見に力を与えようと努めてきた。この2週間、政府当局は民主主義を擁護する数百のウェブサイトを閉鎖し、レッドシャツの出版を禁止し、北部と北東部地方の地域ラジオ放送局を占拠した。こうした措置は現行のタイ緊急措置法上は合法である。しかし、こうした行動は逆説的に、政府が公開討論を恐れていることを示している。アピシットの「国民的和解のための5つの計画」をのぞいてみると、メディアを統制するという条項がある。
アピシット首相はまた、民主的に選出されたタクシン・チナワット前首相を告訴することに全力を注いでいる。去る25日、刑事法院はデモ扇動、テロリズムの疑いなどで、タクシン前首相に逮捕状を発付した。これは真の「和解」を成し遂げるうえで重要なタイ国民から怒りを買うだけである。農村の有権者は4回連続の総選挙でタクシンとその支持者に票を投じた。
アピシット首相は、公開討論なしに自身の任期中に和解を達成しようという意図も見せている。こうした「疑似民主主義」は、かつてのロシアやミャンマーの事例に似ている。
疑似民主主義は、タイの根深い政治的分裂を解決できず、状況を悪化させるだけであることを示してきた。アピシット首相が本当に流血にまみれた街路から前に進むことを望むなら、彼は総選挙で審判を受け、他の候補たちと競う危険を引き受けなければならない。それこそが真の「和解」であり、勇気を発揮することである。






