2010-09-30

ハングル発展の先駆者・崔鉉培(チェ・ヒョンベ)先生

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国家報勲処は、朝鮮語学会事件で投獄された国語学者・崔鉉培(チェ・ヒョンベ、1894.10~1970.3)先生を「10月の独立運動家」に選定したと30日明らかにした。

慶南蔚山に生まれた崔先生は、朴洞・普成学校の国語講習院で、ハングル学者の周時経(チュ・シギョン)先生の講義を聴いた。崔先生は周先生の講義を通じて愛国思想を確立し、生涯にわたり国語研究と実践に邁進する契機を得た。

1915年に官立漢城高等学校を卒業した崔先生は、官費留学で広島高等師範学校研究科を経て京都帝国大学哲学科を卒業し、大学院で学ぶなど学者としての基礎を築いていった。

日本留学中に民族啓蒙の必要性を悟った先生は、1920年に私立東萊高等普通学校の教員に赴任して朝鮮語を教え研究し、国語の文法体系を立て、日本帝国の「民族抹殺政策」に積極的に抗するため、朝鮮語文法書の草稿を再び作り始めた。

1926年には朝鮮語学会の前身である朝鮮語研究会の会員として「ハングル」誌を創刊し、ハングルの日制定に参加、その後1929年には朝鮮語辞典編纂会の準備委員及び執行委員として活動し、1933年までハングル正書法統一案を用意するため努力した。

1938年、崔先生は興業倶楽部事件で警察に検挙され投獄され、延禧専門学校の教授職を退いた。同年10月には再び朝鮮語学会事件で検挙され、光復を迎えるまで過酷な獄中生活を送らねばならなかった。

光復後、崔先生は米軍政庁編修局長、大韓民国樹立後は文教部編修局長を務め、延世大教授として研究と教育活動を続けた。

政府は崔先生の功勲を称え、1962年に建国勲章独立章を叙勲した。

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