2018-06-30 | 조상인 기자

キム・ファンギ、イ・ジュンソプと活動した画家ペク・ヨンス氏死去

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「子どもと母は引き離そうとしても引き離せません。子どもは母の胸を思い、母は子どもを永遠に忘れません」

首を傾けた母が子を抱く「母子像」でよく知られる長老画家の白榮洙(ペク・ヨンス)画伯が29日、死去した。96歳だった。

1922年に水原で生まれ、日本の大阪で育った故人は1944年に帰国し、1947年に金煥基、劉永国、李揆祥、李仲燮、張旭鎮らと結成した「新写実派」の同人として活動した。新しい抽象を志向した「新写実派」は韓国現代美術史で最も重要な位置を占める作家群の一つであり、故人はその最後の生存者だった。2016年のアートサイドギャラリー個展で、彼は最も親しい友人だった李仲燮について「口数も少なく穏やかだった仲燮が、妻が苦労しているからと、行きたくないという人を1年だけ行っていろと(日本に)送ったが、あのとき妻が行かなかったらどうなっていただろうか」と振り返り、「(新写実派の)他の人はみな亡くなったのに、私だけ運良く生きているのだから、これからもっと頑張らなければ」とも語った。

故人は生まれてすぐ父を亡くし、2歳のときに20歳にもならない母の胸に抱かれて日本へ渡り育った。このため母性への憧れが人並みではなかった。23歳で帰国して木浦で美術教師として勤務し、その後1978年のフランス・読売ギャラリー展を契機にパリに定住した。30余年にわたり欧州で100回余りの展示を開き、2011年に京畿道議政府市湖院洞の旧宅に帰国した。4月には自宅をリモデリングし、地上2階、延べ面積371平方メートル規模の白榮洙美術館を開館した。2016年に銀冠文化勲章を受けた。遺族には妻の金明愛(キム・ミョンエ)さん、息子の白進(ペク・ジン)さんがいる。安置所はソウル大病院葬儀場4号室に設けられ、出棺は2日午前8時。埋葬地は議政府市新谷2洞聖堂「天の門」。(02)-2072-2016

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