2019-01-31 | 나윤석 기자

[羅允錫(ナ・ユンソク)の映画の中のあの場所]時をさかのぼり初恋の思い出へ…「君はどう過ごしてる?」

本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。

人の寿命がそうであるように、映画の生命力もそれぞれ異なる。劇場公開が終わるや否や姿を消す作品がある一方で、長く生き残り世代を横断する観客層を形成する映画もある。岩井俊二の代表作『Love Letter』は明らかに後者に属する作品だ。似た系統の物語を構想する日本の後輩監督たちは、そろって手本として倣いつつ同時に乗り越えるべき座標となる作品として『Love Letter』を挙げる。漂白剤を入れた洗濯物のように清潔な画面と澄んだ情緒を備えたこの映画は、公開から20年以上が過ぎた今も日本的な感性メロドラマの模範例として語られ、変わらぬ影響力を誇っている。

月川翔監督が演出した『君の膵臓をたべたい(2017年)』も、『Love Letter』を抜きにしては説明しがたい映画だ。学校の図書館を舞台に繰り広げられる10代の少年・少女の恋から、現在と過去を行き来する構成まで、多くの部分が似ている。作品の随所に『Love Letter』へのオマージュを織り込んだ『君の膵臓をたべたい』のロケ地は、日本・関西地方の京都に行けば巡ることができる。京阪線の中書島駅で降りて路地を10分ほど歩くと、主人公の男女の通学路であり、映画後半で決定的な出来事が起きる場所である「出会いの橋」が見えてくる。余命宣告を受けた高校生の桜良(浜辺美波)は、社交的で活発な性格で誰からも愛される人物だ。そんな少女の心をとらえた少年は、教室の片隅で静かに本ばかり読む一人きりの春樹(北村匠海)。他人との関係づくりが不器用な春樹は、はじめは桜良の歩み寄りを遠ざけるが、次第に心の閂を開き、胸が痛むような初恋を経験する。

『君の膵臓をたべたい』に登場したそのままの姿を保つ橋の上で、制服を着て行き交う学生たちの若々しい顔に出会うと、映画の場面がカラカラと音を立てて回るフィルムのように脳裏をかすめる。橋の下には住民と旅行者のための遊歩道があり、両側には濠川が、奥深く落ち着いた春樹の性格に似ているかのようにゆっくりと流れていく。Y字形につくられたこの橋をあちこち歩き回っていると、出会って別れ、別れて再会する私たちの人生が橋の形に似ているという思いもふと湧いてくる。もちろん今は寒い冬なので、映画で私たちの目を楽しませてくれた薄紅色の桜を見るのは難しい。だが花がすべて散り、細い枝だけが残ったからといって、映画が残した余韻が消えるわけではない。桜良のせりふのように、花びらがすべて落ちたように見えても、実は芽を抱えて眠っているのだから。そうして隠れていて、また春が来れば、皆を驚かせるように一気に花を咲かせるのだから。

春樹と桜良が初デートをした「スイーツパラダイスグループ(四条河原町店)」は、京都の名所である祇園通りの近くにある。京阪線の祇園四条駅で降り、橋を一つ渡れば現れるスイーツパラダイスグループは、ケーキや飲み物、アイスクリームや果物などをビュッフェ形式で楽しめるデザートカフェだ。太い帯をくるくると巻いたような天井のインテリアが目を引き、カフェの入り口は映画のポスターとスチール写真で飾られている。

出会いの橋は、映画のクライマックスで再び登場する。桜良は春樹と恥ずかしそうに愛を育んだこの場所で、予想よりやや早い時期に、予期せぬ形で世を去る。歳月が流れ、春樹は母校に教師として赴任し、生徒たちを教えている。だが桜良を見送り、生きる意味も併せて失った彼は、机の引き出しに辞職願を入れておき、毎朝取り出して見てはため息をつく。このように無気力に一日一日をやり過ごしていた春樹は、学校の図書館の撤去作業を担い本を整理していて、桜良が死ぬ前に残しておいた秘密の手紙を発見する。映画の中心的な小道具の一つであるサン=テグジュペリの小説『星の王子さま』には「おじさんの悲しみが消えれば、僕を知ったことをうれしく思うようになるよ」という言葉が出てくるが、春樹は遅れて初恋が隠して去った手紙を読みながら気づく。他人とともに生きることの大切さを教えてくれた桜良に出会ったことは、悲しみではなく祝福だったということを。美しい思い出ほど、つらい人生を乗り越えさせてくれる支えはどこにもないということを。この気づきとともに春樹が辞職願を未練なく引き裂く瞬間、胸の痛む恋の物語は希望のにじむ成長ドラマへと変わり、観客の顔には涙の代わりに笑みが広がる。/文・写真(京都)=ナ・ユンソク記者 nagija

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