2019-01-31 | 임석훈 논설위원

[万波息笛]東京拘置所

本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。

日本の東京駅から北へ15kmほど行くと、星(*)の形をした高層建物が目に入る。一見すると立派なマンションのように感じられるが、外観とは裏腹に犯罪者が収容されている東京拘置所である。星形に設計したのは、中央部からすべての動きを監視できるようにするためだという。最大収容人員は約3,000人とされる。前身は1895年に日本の警視庁が設置した巣鴨拘置所だ。

ここは1945年に連合国最高司令部に接収され「スガモ・プリズン」に名称が変更されたが、1958年に日本へ返還されると現在の名称に変わった。第2次世界大戦終結後には、極東国際軍事裁判の被告人である太平洋戦争の戦争犯罪者が収容されもした。戦犯のうち東條英機など7人はここで処刑された。昨年8月には東京地下鉄サリンガステロの主犯であるオウム真理教の教祖など3人の死刑が執行された。事件発生から23年ぶりだった。

東京拘置所が有名なのは、こうした重大犯罪者の収容・死刑執行場所であるためだけではない。過酷な収容環境でも悪名が高い。とくに著名人に分類された収容者にとって、収容生活は悪夢そのもの以上だと伝えられる。著名人が配置される独房は日本式の畳3枚が敷かれた2坪ほどの広さで、布団と座布団以外に暖房器具はない。鏡や窓もない。さらにつらいのは、房にいる間はまっすぐな正座で座っていなければならないこと。座る文化に慣れていない西洋人には苦痛な刑罰と感じられそうだ。少しでも姿勢が崩れると刑務官が注意し、従わない場合は別室に連れて行かれ、両手を後ろで縛られたまま数時間床にうつ伏せでいる罰も受けるという。とくに犯罪の容疑を否認すると家族の面会まで禁じられ、後に面会しても日本語でしか会話できないのだから、これは相当に困惑する話だろう。

収容生活がよほどつらいのか、報酬の過少申告の疑いなどで東京拘置所に2カ月近く拘束中のカルロス・ゴーン前日産会長が両手を挙げたとの報せだ。先ごろ裁判所に2度目の保釈を申請する際、「何でもすべて受け入れるので拘置所を出させてほしい」と懇願したという。最初の保釈申請時に「フランスに滞在しながら裁判に出席する」と強気を見せた姿とは異なる。こうした低姿勢でも保釈は再び棄却されたというから、ゴーン前会長の苦しい房生活は相当期間続きそうだ。/林錫勲(イム・ソクフン)論説委員

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