感覚は記憶を呼び起こす。マレーシアで生まれシンガポールで活動する芸術家アドリン・クエにとって、嗅覚を刺激する匂いは祖母を思い起こさせるものだった。より正確には、ヤードレー(Yardley)のイングリッシュラベンダーの香りのパウダーを使っていた彼女の祖母と大叔母についての記憶である。作家は2014年9月、シンガポール・ラベンダー通りの取り壊し予定の建物のための作業を依頼された。ラベンダーの香りと祖母たちの時代を思い出した作家は、場所の歴史性をたどり直した。1858年に植民地を掌握した英国人が冗談のように名づけた「ラベンダー通り」は、ガス工場の悪臭と、糞尿を肥料に使う野菜農場を横切って牛車が行き交う場所であり、ラベンダーの香水をふりかけた性売買の女性たちが出入りした売春宿の名がその通りの代表的な建物「ラベンダー・スパ」だった。
トータル美術館の企画展「ザ・センシズ(The Senses):過剰と欠乏の間で呼吸する」のオープニング・パフォーマンスとして作家クエが披露した作品「ささやき(あなたを記憶する100の方法)」はこうして誕生した。取り壊されたホテル客室を再構成した濃い紫色の壁面の空間には、ラベンダーパウダーがうず高く敷かれた。2つの鈴を吊った細い赤い糸は、アジア地域の大部分が共有する「縁」の象徴である。
感覚を記憶するのは人だけではない。土地も記憶を抱く。シンガポールの作家チェン・サイ・ホア・クアンは、災害を経験した土地を訪ね歩き、深さ1メートル地点の土を掘り集めた。炭素と無機物を含む土が電池のように作動して微妙な音波を作り出し、地震・洪水・テロなど土地が経験した傷跡を引き出す。作品「大地の音 シンガポール」は、人間が感知できなかった、あるいは忘れてしまった自然の音を聞かせる。
今回の展示「ザ・センシズ」に参加した国内外の作家13チームは、戦争や植民地を経験したことのない戦後世代であり、物質的豊かさと社会・経済的発展の変化の中で経験したそれぞれの「異なる感覚」を見せる。2020年の韓国・シンガポール国交樹立45周年を記念するこの展示は、12月2日までトータル美術館で開かれた後、来年はシンガポールでも開催される予定である。
透明なガラス器に盛られた薄紅色の花は美しいが、悲しい名を持つ。シンガポールの作家イザム・ラマンの「彼は愛することのできない一人の男性から心の傷を受けた」。柔らかそうに見える花びらの材料は、ラマンが自らの体から剥ぎ取った角質である。ぴんと立った花芯は切り取った手足の爪だ。花を支える葉は血のついた包帯を切って作った。作家は身体が記憶する人間の感情を、自身の身体の断片で再構成した。捨てられていたかもしれない密やかで私的な記憶は、作品を通じて永遠性を得るわけだ。
極写実的な彫刻で有名なチェ・スアンの新作は、一見すると破壊されたような姿である。行き過ぎと思えるほど精巧な彫刻作業を続けて健康まで損ねた作家が「もうこうしないようにしよう」と決意したようだ。それでも自分も知らぬうちにあまりにも「うまく」再現してしまった人間の形象に向き合い、ついに「顔の中央を親指で押しつぶして掻き上げた」作品である。体に染みついた感覚を振り払えなかったのだ。押しつぶした指の指紋まで鮮明で、「事実のような虚構に、はっきりとした実在を残して」いる。
作家キム・ジミンの「インサイド・アウト」は、頭蓋骨の形の鳥かごの中で向かい合って座る2羽の鳥を通じて、現代人の知覚・疎通の方式を示す。チュンチュン(tweet)とさえずる鳥たちは、思考も感覚もなく、隣の人が言った情報を反復して口にし、複製するだけだ。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に埋没した現代人を風刺しているようだ。キム作家は衣類に付いたラベルを材料にした作業で有名だが、「ラベル工場」が人件費の安い中国などに移ったことで材料の調達が難しくなったのを契機に、まったく異なる近作を発表している。
作家イ・ジュンの「口の饗宴」は、よく整えられた食卓のように見えるが、実際は味わう口ではなく、絶え間なくしゃべり続ける口のための盛宴である。観客が出す音にセンサーが反応し、ポータルサイトのリアルタイム急上昇検索語、インターネット新聞の記事見出し・コメントなどを食卓の上に広げる。食卓の色は、現在の美術館の真上の空の色と現場の天気を反映する。皿の上に置かれた瓶を包む黄・緑・青などの色は、カカオ・ネイバー・フェイスブック、ツイッターなどを象徴する。
展示を企画したイ・スンア客員キュレーターは「より多くの量の情報をより速い速度で疎通できるようになった今、果たして人間の感覚と知性の地平はより広がり、その疎通もまたより拡大したのかを問いたい」とし、「今回の展示は人間の感覚を思惟し、新たに経験・知覚する作品を通じて芸術の本質と性格を再照明する場だ」と紹介した。






