下水道施設は古代メソポタミア文明などで登場した後、ローマで発展した。中世には建設が停滞し、19世紀の欧州で近代技術として発展した。下水道だけでは悪臭や伝染病を防ぎにくく、汚染水を浄化する下水処理場が建設された。まず英国が石灰などを投入して残渣を沈殿させる方法を試みたが、費用が多くかかった。そこで微生物で有機物を分解する生物的処理法を導入した。1914年に実用化された活性汚泥工法が代表的だ。今日ではこれに加え、窒素・リンの除去やオゾン・塩素殺菌工程まで踏む高度下水処理場が運営されている。
下水処理場は悪臭・騒音・粉塵のため嫌悪施設と認識されてきた。これを解決するため、設備を地下化し地上空間を緑地や都市インフラとして開発する方策が注目された。日本・欧州・シンガポール・香港などが積極的に推進した。1994年に完工したフィンランドのヴィーキンマキ処理場は地上を住宅団地に、2019年に竣工した日本・名古屋の露橋水処理センターは地上を公園に整備した模範事例だ。
韓国でも下水処理場の地下化の風が吹いている。国内初の事例は安養の朴達下水処理場だ。超党派の支援の中で2018年に地下30mへ移転し、地上は安養セムル公園として生まれ変わった。仁川市も勝機下水処理場の地下化および地上の市民公園整備工事を今年始めた。ソウル市は蘭芝・西南・中浪・炭川水再生センターの地下化を構想した。そのうち中浪・西南センターの地下化を進めている。
呉世勲(オ・セフン)ソウル市長が最近、炭川水再生センターを移して地下化し、既存の敷地を宅地として開発しようと政府に提案した。政府の龍山公園住宅建設構想に対する代案だ。韓国国土交通部は検討に着手した。しかし与党側はセンター移転先の敷地確保難などを問題視している。炭川水再生センターの敷地に住宅を建てる案は、かつて共に民主党の朴映宣(パク・ヨンソン)・閔丙豆(ミン・ビョンドゥ)両元議員も提案していた事案だ。民主党が今になって野党出身のソウル市長のアイデアに歯止めをかけるのは、ご都合主義ではないか。






