2026-09-15 | 박성호 기자

[黎明]随時入試のサーバー障害が教育当局に残した課題

本文はAIによる機械翻訳です。見出しは原文(韓国語)のまま表示しています。正確な内容は原文をご確認ください。

公正性は現代社会を支える中核的な原則である。結果が異なっていても、出発線と競争のルールが同一だと信じられて初めて、人々はその結果を受け入れる。この信頼が崩れれば、結果への不満は制度そのものへの不信へと広がる。

インドの「ゴキブリ国民党(Cockroach Janta Party)」はそれを示す象徴的な事例だ。入試・採用試験問題の流出や試験取り消しの繰り返し、就職難に積もっていた若者の怒りが、風刺的なオンライン運動を媒介に街頭へ噴き出した。公正に競争できるという信頼が消えたことで、社会的な怒りが拡散したのである。

韓国も最近、似た経験をした。6月3日の統一地方選挙では投票用紙不足で一部投票所の投票が中断された。待ちきれず投票を放棄した有権者が生じ、一部の有権者は出口調査結果などが出た後に一票を行使した。選挙権の制約と投票の公正性の問題が浮上し、選挙後も集会が続き、最終的に特別検察官の設置にまで至った。手続きへの信頼が揺らげば後遺症がどれほど長引くかを示した事例である。ジョン・ロールズは『正義論』で「公正としての正義」を提示した。公正なルールは全員に同じ結果を保証しないが、互いに異なる結果を納得させ、制度への信頼を維持させる。

今月11日に発生した2027年度入試の随時募集出願受付システム障害も、この原則の重要性を改めて思い起こさせた。締め切り10分前にサーバーが停止し、一部の受験生は出願機会そのものを失う状況に置かれた。教育当局は受付時間を午後7時まで1時間延長した。やむを得ない措置だった。

問題は、救済のための延長が新たな有利・不利を生んだ点である。一部の大学が当初の締め切り時刻前後に競争率を公開したため、午後6時前に出願した学生が知り得なかった情報を、それ以降の出願者は確認できた。とはいえ延長時間に出願した学生を責めることはできない。教育当局が公式に門を開けており、公開された競争率を見てはならないというルールもなかった。

被害者の救済も簡単ではない。教育部は障害当時に願書を作成・保存したり決済を試みた電算記録を基準に救済するが、大学と募集単位の変更は認めないことにした。事故以前の状態に最大限戻すという趣旨である。しかし競争率はすでに公開された。一度知った情報を再び消すことはできない。電算の痕跡が残っていない実際の被害者をどこまで認めるかも判断の問題だ。

今回の事態は、一度損なわれた公正な競争の条件を元に戻すことがどれほど難しいかを示している。サーバーは復旧できても、すでに変わってしまった情報と選択の条件までを事故以前に戻すことはできない。

さらに痛いのは、こうした障害が初めてではないという事実である。2005年の定時募集では出願受付代行業者のサーバーが連鎖的に麻痺し、教育部が受付期限を1日延長した。2016年の随時募集でも共通願書受付システムにエラーが発生した。受験生が締め切り直前に集中し、民間代行業者のサーバーに負荷が集まる危険は、かなり以前から繰り返されてきた。

であれば、今回手を入れるべきはサーバー容量だけではない。障害が発生した場合、競争率の公開をいつ中断し、その時点の願書作成状態をどう保存し、受付時間をどれだけ延長するかをあらかじめ定めておかねばならない。誰をどのような基準で救済するかも事前にルール化しておく必要がある。事故後に基準を作り始めれば、どんな選択をしても新たな有利・不利が生じざるを得ない。

出願受付を民間代行業者に委ねてきた構造も再点検する必要がある。政府が直接サーバーを運営することだけが正解ではない。ただ、受験生の進路がかかったシステムである以上、安定性基準と非常時対応原則を立て、それを監督する責任まで民間に委ねることはできない。

ロールズが言うように、人々が結果を受け入れるようにするのは結果の同一性ではなく手続きへの信頼である。入試はなおさらだ。事故後にその信頼を回復させるよりも、事故が起きても揺るがないようルールをあらかじめ作っておくこと。それが今回の事態が教育当局に残した宿題である。

公正な競争は、事故後の救済策をうまく作ることから始まるのではない。事故が起きても誰の機会も競争条件もむやみに変わらないよう、あらかじめルールを立てておくことから始まる。システムの運営者は民間であり得ても、そのルールと結果に対する最終責任は教育当局にある。

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